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神のみぞ知るセカイを人生の主軸、少年サンデーとアニメを人生の原動力としている人。
絵やSSもたまに書きますが、これは人生の潤滑油です。つまり、よくスベる。
ご意見・ご要望があれば studiotrefle0510☆gmail.com の方まで、☆を@に変換してお気軽にどうぞ。
鮎川天理さんからの求婚もお待ちしています。
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ルキノさんとの合同神のみSS・鳥羽瑠乃シリーズの第9話です。本編は残り2話……ということで、クライマックスです。最終話も執筆順調ですので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。そして次回、最終話も!瑠乃と音々、そして桂馬くんの最後の戦いをぜひ見届けてやってください!
(これ以前の回はこちらから)
0
あるところに、一人の少女がいた。
少女は背中に大きな、大きな翼を持っていた。
少女はその翼で世界のどこへでも飛ぶことができた。少女にとってそれは限りなく幸せで、幸せで、そして幸せだった。
少女はある日、世界に恋をした。胸焦がれる思いを幾年も幾年も抱え、そして意を決し世界の中に足を踏み出したとき、少女は知った。
どこへでも飛ぶことができる翼は、少女の恋にとって、ただの足かせでしかなかったのだ。少女は自分が世界と不適していることを察して、自らの手で翼を折った。羽をむしり、骨を砕いた。
少女は必死に歩いて世界を探した。恋した世界をずっと探し続けた。いつまでもいつまでも歩くが、少女の探すものは見つからない。
どこにあるの?
世界はどこにあるの?
あの時、空を飛び、闇を穿ちながら見た、あの青に満ちた綺麗な球体。宝石に似たそれはいったい、いつになったら見つかるの?
少女は知らなかった。探し続けている世界は、すぐそばにあるということを。
町をいくら歩いても、
海をいくら潜ってもそれは見つからない。
彼女は翼の跡から血を流しながら、今でも世界を歩き続ける。
1
「桂木!」
ハクアは飛び立ってから数分後、音々から別れて帰路を歩いている桂木桂馬を発見した。減速しながら地に降り立っても、桂馬は何の反応も示さない。
「お前、うまくいったの?」
直接的にハクアが問うが、桂馬はいまだ何も喋らない。顎に手を当てて、ひたすらぶつぶつとつぶやいている。ハクアはムッとしながら彼の顔を覗きこむが、目線は合わない。それどころか、何かを睨みつけるかのような目つきで空を見ている。ハクアはその射るような目線に少し怖気づくが、こうなったら仕方ない……と黙った。
桂馬は思考する。
鳥羽瑠乃。
鈴鹿音々。
パーツは揃ってきている……それどころか、もう明確な線まで見えてきてはいる。見えてきてはいる、のだが、桂馬の心の奥にはなにか「合点」がいかないかのような違和感がひしめいていた。
端的に説明しよう―――鳥羽瑠乃と鈴鹿音々、二人の関係が昔と同じようになれば、そこにエンディングはある。と桂馬は踏んでいる。ただそれと同時に、何かが違うのではないか……とも感じていた。それは明確に表記できる何かではないが、こちらも端的に説明するとすれば。
それは二人の差、すなわち「心のスキマ」だ。
単純な話。「鈴鹿音々には、心のスキマができていない」ということ。つまり、二人の痛みは同じ重さではない。桂馬の歴戦の経験からするに、重さというよりも「種類」だ。鳥羽瑠乃と鈴鹿音々、二人がすれ違っている……それだけが原因ではない。桂馬のシックスセンスはそう告げていた。
だとすれば、それを発掘していくしかない。
方法は簡単―――二人を対比すればいいのだ。
「ハクア」
桂馬に話しかけられて、ハクアはつい体中に力が入る。
「な、なに、桂木」
「最後のイベントを仕掛ける」
その桂馬の言葉に、ハクアはきょとんとした顔をする。
最後?
いくらなんでも唐突すぎるのではないだろうか、と。
「待って桂木、お前、もう解決方法が見えたの?」
「探すんだよ、これから。最後のピースをな」
鈴鹿音々と鳥羽瑠乃、彼女たちの重荷に差があるのならば、実際に手にとって比べてみればいい。削り取って差異を明らかにさせる。鈴鹿音々と鳥羽瑠乃の悩みが交錯しているのなら「鈴鹿音々の迷いを取り払ったときに、未だに残っている鳥羽瑠乃のスキマ」こそが、瑠乃が持つ真の心のスキマだ。
…………。
瑠乃が。
もし瑠乃が、現実から……つまり鈴鹿音々との確執から逃げてゲームをしているとすれば。ゴスロリという自分の趣味を砦として積み上げているとすれば。この方法でエンディングは見えるはずだ。
ゲームは逃げる場所としてあるのではない。
桂馬はそう思ってはいるが、瑠乃はそうではないのかもしれない。桂馬の胸の奥にチクリとした痛みが走る―――いや。
それが鳥羽瑠乃の選んだ道だというのなら、それまでだ。あいつは自分とは違う、神では―――ない。
「エルシィと天理、ディアナにも召集をかける。総力戦だ」
「……何する気なのよ?」
「二人同時とも言えるし、エンディングも見えてないからな、ここは確実に行かせてもらう。あの二人には、ボクの壇上で踊ってもらう!」
「……だから何する気なのよ!」
桂馬はメガネを中指で押し上げ、見るものを劈くような目線を煌かせてハクアを見る。口は僅かに綻んでいるが、声は真剣そのものだ。
「It's デート」
と、調子よく言ってみてはみたものの、桂馬は一つ重大なファクターを見逃していた。それに気づいたのは、桂馬が音々ともハクアとも分かれて家に帰ったあとだ。
玄関から家の中に入ると、そこにエルシィと共に天理がコーヒーを飲んでいた。目を細めて見てみると、天理ではなく……頭上に輪っかがある、ディアナだ。
桂馬は嫌な予感を感じながらもディアナに問う。
「どうした」
「今日、ちょっと瑠乃さんと色々ありまして。それを報告しに来ました」
桂馬はため息をついて、脳内の蓄積内容をブロック化して整列させる。カチカチカチと当てはめていき、やがてそこにはまたスペースが完成した。桂馬は柱にもたれかかり、腕を組んでディアナの話に耳を傾ける。
ディアナが話した内容は、今日音々から聞いた話とほとんど同じ内容だった。瑠乃の過去、そしてトラウマに似た重荷。天理の部屋で会ったとき、胸を触った際の反応がイレギュラーだったのもこれで納得がいく。桂馬は微妙に反省しながらも話を聞き続け、そして二十分ほどでディアナの説明は終わりを告げた。
「なるほど、分かった。参考にする」
桂馬は、音々に聞いた話とディアナ伝いに瑠乃から聞いた話をしっかりと分類して脳に記憶する。情報が混ざらないように。そんなところからボロが出始めるのは勘弁だ、推理小説の犯人でもあるまいし。
「あと、もう一つあります」
「……なんだよ」
ディアナのあからさまな声のトーンの変化に、桂馬は弱く歯をかみ合わせた。う、嫌な予感がする。
そしてそれは、的中した。
「鳥羽瑠乃さんは―――視力を失っています」
「――――――なにっ!?」
桂馬は声を荒げて、それに反応してエルシィが運ぼうとしていたコーヒーを床にぶちまけた。桂馬はそれを視界の隅にも入れず、一直線にディアナを見つめる。もちろん見ているものは、彼女を通した向こう側にある鳥羽瑠乃の姿だ。
「駆け魂の影響か……!」
「はい、おそらくは」
「そ、そんな~瑠乃さん大丈夫なんですか!?」
分かるもんか。
ただ、桂馬は眉をひそませていた。これからどうする、視力を失った状態でデートは……不可能……いや、待てよ。
ハクアが昔言っていた―――駆け魂によって作用が出るのは、「巣くわれた人間が駆け魂の力を利用している」と。小さくなりたいと思った人間が小さくなり、その逆もまたあり、お嬢様から入れ替わりたいと思った人間の体が実際にコンバートする。それの延長線上として視力が消えたとすれば。それが鳥羽瑠乃の望みの一つだとすれば。
視力。
消えてしまったら―――何も見えはしない。
好きなものも嫌いなものも全部。それでいいのか、鳥羽瑠乃。
見えなくていいのか。
世界が。
鈴鹿音々は鳥羽瑠乃に会おうとした。自分の過去をかみ締めて、そして知り、世界を融解させようとした。それなのに瑠乃は、こうしてまた世界をより閉じていってしまっている。
桂馬は思考する。
鳥羽瑠乃に必要なことは、瞳を閉じることではない。翼を広げて、空へと飛び立つことなのだ。
やり方は分からない。ただ、明日のデートイベント。これは、
譲れない。
「デートって、瑠乃さんは視力を失ってるんですよ……無理です、変更してください、桂木さん」
ディアナが、ひとりでに考えを巡らせている桂馬の手首を掴んだ。強いまなざしでディアナも桂馬を見つめる。
「今日瑠乃さんが話してくれたことは、瑠乃さん自身が過去に打ち勝って話してくれたことなのです。私はそれを桂木さんに話すべきでないと思いました。これは瑠乃さんが、天理に教えたものなのですから。でも天理は言ったんです、桂木さんに教えよう―――と。天理も私も、あなたを信用しています。だからこそ、あなたに瑠乃さんの秘密を教えたんです。彼女を傷つけないと約束できなければ」
「約束する。瑠乃は傷つけない」
一瞬の回答だった。
「言っておく。場を流すためにこう言ったわけでも、お前がうるさいから追い払おうとしているわけでもない。これがボクの意思で、明日の事実だ。お前は言った、天理とお前はボクを信じてくれてるって。でも」
桂馬は畳み掛けるように話す。ヒロインが視力を失ったのなら、ルートは大改編するしかないのかもしれない。でもそれではまた、時を逃す。音々のコンサートがある明日のデートがなければ、彼女が傷つく時間が増えるだけだ。やらなきゃいけない。瑠乃は決して翼がもげているわけではなく―――鳥篭に篭っているだけなのだ。
だったら誰かが開けてやればいい。
「でも、瑠乃は言ってた」
桂馬と瑠乃が折り重なったあの日、瑠乃がよっきゅんのゲームを持っていることを知ったあの日、確かに瑠乃はこう言ったのだ。
「知ってるよ、落とし神。すごい人だよね」
瑠乃は。
瑠乃は信じている。神を、落とし神を。
だったらボクが鍵を開ける。
理由とか。
説明とか。
納得とか。
そんなものはいらない。
「瑠乃は神を信じていた―――落とし神を。だったら神は、そいつを助ける」
ただそれだけ。
思考はいらない、ただそれだけで。
あるところに、一人の少女がいた。
少女は背中に大きな、大きな翼を持っていた。
少女はその翼で世界のどこへでも飛ぶことができた。少女にとってそれは限りなく幸せで、幸せで、そして幸せだった。
少女はある日、世界に恋をした。胸焦がれる思いを幾年も幾年も抱え、そして意を決し世界の中に足を踏み出したとき、少女は知った。
どこへでも飛ぶことができる翼は、少女の恋にとって、ただの足かせでしかなかったのだ。少女は自分が世界と不適していることを察して、自らの手で翼を折った。羽をむしり、骨を砕いた。
少女は必死に歩いて世界を探した。恋した世界をずっと探し続けた。いつまでもいつまでも歩くが、少女の探すものは見つからない。
どこにあるの?
世界はどこにあるの?
あの時、空を飛び、闇を穿ちながら見た、あの青に満ちた綺麗な球体。宝石に似たそれはいったい、いつになったら見つかるの?
少女は知らなかった。探し続けている世界は、すぐそばにあるということを。
町をいくら歩いても、
海をいくら潜ってもそれは見つからない。
彼女は翼の跡から血を流しながら、今でも世界を歩き続ける。
1
「桂木!」
ハクアは飛び立ってから数分後、音々から別れて帰路を歩いている桂木桂馬を発見した。減速しながら地に降り立っても、桂馬は何の反応も示さない。
「お前、うまくいったの?」
直接的にハクアが問うが、桂馬はいまだ何も喋らない。顎に手を当てて、ひたすらぶつぶつとつぶやいている。ハクアはムッとしながら彼の顔を覗きこむが、目線は合わない。それどころか、何かを睨みつけるかのような目つきで空を見ている。ハクアはその射るような目線に少し怖気づくが、こうなったら仕方ない……と黙った。
桂馬は思考する。
鳥羽瑠乃。
鈴鹿音々。
パーツは揃ってきている……それどころか、もう明確な線まで見えてきてはいる。見えてきてはいる、のだが、桂馬の心の奥にはなにか「合点」がいかないかのような違和感がひしめいていた。
端的に説明しよう―――鳥羽瑠乃と鈴鹿音々、二人の関係が昔と同じようになれば、そこにエンディングはある。と桂馬は踏んでいる。ただそれと同時に、何かが違うのではないか……とも感じていた。それは明確に表記できる何かではないが、こちらも端的に説明するとすれば。
それは二人の差、すなわち「心のスキマ」だ。
単純な話。「鈴鹿音々には、心のスキマができていない」ということ。つまり、二人の痛みは同じ重さではない。桂馬の歴戦の経験からするに、重さというよりも「種類」だ。鳥羽瑠乃と鈴鹿音々、二人がすれ違っている……それだけが原因ではない。桂馬のシックスセンスはそう告げていた。
だとすれば、それを発掘していくしかない。
方法は簡単―――二人を対比すればいいのだ。
「ハクア」
桂馬に話しかけられて、ハクアはつい体中に力が入る。
「な、なに、桂木」
「最後のイベントを仕掛ける」
その桂馬の言葉に、ハクアはきょとんとした顔をする。
最後?
いくらなんでも唐突すぎるのではないだろうか、と。
「待って桂木、お前、もう解決方法が見えたの?」
「探すんだよ、これから。最後のピースをな」
鈴鹿音々と鳥羽瑠乃、彼女たちの重荷に差があるのならば、実際に手にとって比べてみればいい。削り取って差異を明らかにさせる。鈴鹿音々と鳥羽瑠乃の悩みが交錯しているのなら「鈴鹿音々の迷いを取り払ったときに、未だに残っている鳥羽瑠乃のスキマ」こそが、瑠乃が持つ真の心のスキマだ。
…………。
瑠乃が。
もし瑠乃が、現実から……つまり鈴鹿音々との確執から逃げてゲームをしているとすれば。ゴスロリという自分の趣味を砦として積み上げているとすれば。この方法でエンディングは見えるはずだ。
ゲームは逃げる場所としてあるのではない。
桂馬はそう思ってはいるが、瑠乃はそうではないのかもしれない。桂馬の胸の奥にチクリとした痛みが走る―――いや。
それが鳥羽瑠乃の選んだ道だというのなら、それまでだ。あいつは自分とは違う、神では―――ない。
「エルシィと天理、ディアナにも召集をかける。総力戦だ」
「……何する気なのよ?」
「二人同時とも言えるし、エンディングも見えてないからな、ここは確実に行かせてもらう。あの二人には、ボクの壇上で踊ってもらう!」
「……だから何する気なのよ!」
桂馬はメガネを中指で押し上げ、見るものを劈くような目線を煌かせてハクアを見る。口は僅かに綻んでいるが、声は真剣そのものだ。
「It's デート」
と、調子よく言ってみてはみたものの、桂馬は一つ重大なファクターを見逃していた。それに気づいたのは、桂馬が音々ともハクアとも分かれて家に帰ったあとだ。
玄関から家の中に入ると、そこにエルシィと共に天理がコーヒーを飲んでいた。目を細めて見てみると、天理ではなく……頭上に輪っかがある、ディアナだ。
桂馬は嫌な予感を感じながらもディアナに問う。
「どうした」
「今日、ちょっと瑠乃さんと色々ありまして。それを報告しに来ました」
桂馬はため息をついて、脳内の蓄積内容をブロック化して整列させる。カチカチカチと当てはめていき、やがてそこにはまたスペースが完成した。桂馬は柱にもたれかかり、腕を組んでディアナの話に耳を傾ける。
ディアナが話した内容は、今日音々から聞いた話とほとんど同じ内容だった。瑠乃の過去、そしてトラウマに似た重荷。天理の部屋で会ったとき、胸を触った際の反応がイレギュラーだったのもこれで納得がいく。桂馬は微妙に反省しながらも話を聞き続け、そして二十分ほどでディアナの説明は終わりを告げた。
「なるほど、分かった。参考にする」
桂馬は、音々に聞いた話とディアナ伝いに瑠乃から聞いた話をしっかりと分類して脳に記憶する。情報が混ざらないように。そんなところからボロが出始めるのは勘弁だ、推理小説の犯人でもあるまいし。
「あと、もう一つあります」
「……なんだよ」
ディアナのあからさまな声のトーンの変化に、桂馬は弱く歯をかみ合わせた。う、嫌な予感がする。
そしてそれは、的中した。
「鳥羽瑠乃さんは―――視力を失っています」
「――――――なにっ!?」
桂馬は声を荒げて、それに反応してエルシィが運ぼうとしていたコーヒーを床にぶちまけた。桂馬はそれを視界の隅にも入れず、一直線にディアナを見つめる。もちろん見ているものは、彼女を通した向こう側にある鳥羽瑠乃の姿だ。
「駆け魂の影響か……!」
「はい、おそらくは」
「そ、そんな~瑠乃さん大丈夫なんですか!?」
分かるもんか。
ただ、桂馬は眉をひそませていた。これからどうする、視力を失った状態でデートは……不可能……いや、待てよ。
ハクアが昔言っていた―――駆け魂によって作用が出るのは、「巣くわれた人間が駆け魂の力を利用している」と。小さくなりたいと思った人間が小さくなり、その逆もまたあり、お嬢様から入れ替わりたいと思った人間の体が実際にコンバートする。それの延長線上として視力が消えたとすれば。それが鳥羽瑠乃の望みの一つだとすれば。
視力。
消えてしまったら―――何も見えはしない。
好きなものも嫌いなものも全部。それでいいのか、鳥羽瑠乃。
見えなくていいのか。
世界が。
鈴鹿音々は鳥羽瑠乃に会おうとした。自分の過去をかみ締めて、そして知り、世界を融解させようとした。それなのに瑠乃は、こうしてまた世界をより閉じていってしまっている。
桂馬は思考する。
鳥羽瑠乃に必要なことは、瞳を閉じることではない。翼を広げて、空へと飛び立つことなのだ。
やり方は分からない。ただ、明日のデートイベント。これは、
譲れない。
「デートって、瑠乃さんは視力を失ってるんですよ……無理です、変更してください、桂木さん」
ディアナが、ひとりでに考えを巡らせている桂馬の手首を掴んだ。強いまなざしでディアナも桂馬を見つめる。
「今日瑠乃さんが話してくれたことは、瑠乃さん自身が過去に打ち勝って話してくれたことなのです。私はそれを桂木さんに話すべきでないと思いました。これは瑠乃さんが、天理に教えたものなのですから。でも天理は言ったんです、桂木さんに教えよう―――と。天理も私も、あなたを信用しています。だからこそ、あなたに瑠乃さんの秘密を教えたんです。彼女を傷つけないと約束できなければ」
「約束する。瑠乃は傷つけない」
一瞬の回答だった。
「言っておく。場を流すためにこう言ったわけでも、お前がうるさいから追い払おうとしているわけでもない。これがボクの意思で、明日の事実だ。お前は言った、天理とお前はボクを信じてくれてるって。でも」
桂馬は畳み掛けるように話す。ヒロインが視力を失ったのなら、ルートは大改編するしかないのかもしれない。でもそれではまた、時を逃す。音々のコンサートがある明日のデートがなければ、彼女が傷つく時間が増えるだけだ。やらなきゃいけない。瑠乃は決して翼がもげているわけではなく―――鳥篭に篭っているだけなのだ。
だったら誰かが開けてやればいい。
「でも、瑠乃は言ってた」
桂馬と瑠乃が折り重なったあの日、瑠乃がよっきゅんのゲームを持っていることを知ったあの日、確かに瑠乃はこう言ったのだ。
「知ってるよ、落とし神。すごい人だよね」
瑠乃は。
瑠乃は信じている。神を、落とし神を。
だったらボクが鍵を開ける。
理由とか。
説明とか。
納得とか。
そんなものはいらない。
「瑠乃は神を信じていた―――落とし神を。だったら神は、そいつを助ける」
ただそれだけ。
思考はいらない、ただそれだけで。
2
翌日、桂馬は舞島駅にいた。理由はもちろん、攻略を兼ねたデートをするためである。桂馬からイベントを巻き起こしてスキマを見つけ、午後5時からある音々のコンサートでエンディングを迎える、というのが彼の頭の中にある計画表だった。
エルシィ、ハクア、天理、ディアナ。
それぞれにもタスクは配置してある。独壇場とも言わせない、完全なる桂馬のペース、桂馬の世界で攻略を展開する。
まずは……鈴鹿音々。
「あ、あの」
桂馬が考えにふけっていると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこにいたのは、困ったように桂馬の服の裾をつまんでいる音々だ。
「来たか」
「来たかって、あなたが呼んだんじゃないですか……えっと」
「桂馬だ」
「あなたが呼んだんじゃないですか、桂馬さん」
音々とは昨日の時点で、デートの予定を組み立てておいた。もちろん「デートしましょう」なんて口が裂けても言えないので、そこにはきちんとした餌をまいてある。
『鳥羽瑠乃と会わせてやる』
そう言ったとたん、音々は即座にOKを出した。コンサートの前ではあるが、それでも、瑠乃に会おうとしているのだろう。
音々に関してはさほど問題はない。
問題なのは……
「ちょっと、桂馬さん」
音々を置いてさっさと歩き始めた桂馬を、後ろから音々が追いかける。桂馬の左斜め後ろで歩きながら、音々は桂馬に問いかけた。
「どこに行くのですか」
「どこって、コンサート会場の近くだよ」
「コンサートまではあと何時間もありますよ! それに、る、瑠乃は……?」
「いーから黙ってついてこい」
怪訝そうに見つめる音々を尻目に、桂馬はてくてくと歩き続ける。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……何か喋ってください」
音々は、桂馬の近くで歩きながらの沈黙に耐え切れないようだった。桂馬はこれでもゲームをやりたいのを我慢しているというのに、音々はたじろぎながらそう伝えてきた。
「お前が何か喋ればいいだろ……」
「わ、私はその、こういうのは慣れてないので」
「こういうのって?」
「その、まるで……デート……みたいな……」
音々は声をしぼませながらそう言った。男性恐怖症の瑠乃でさえ、会話くらいなら自分と普通にできているというのに。音々はそれほど人と仲良くなれる人間ではないのだろう……特に男には。
そういえば、瑠乃とは普通に話している。男嫌いとは言ったが、人嫌いというわけではなさそうだ。
男嫌い……
瑠乃が本当に嫌っているのは、何だ……?
「……桂馬さん」
すると、音々から声をかけられた。ちょうど信号が赤になったことに気づき、桂馬も歩みを止める。音々は少し恐れながらも、声を絞り出した。
「あなたと瑠乃との関係は、いったいどんななんですか……?」
――――来た。
音々は不安と恥ずかしさが入り混じったような顔で、それを聞いてきた。桂馬は心の中で少し笑みを浮かべながら、『慌てる』。
「『な、なに言ってんだ! 別にボクとあいつは、そんなんじゃないぞ!』」
そのあからさまな態度を見て、音々はじとっとした瞳で桂馬を見つめる。
「本当ですか?」
「『なっ……ボ、ボクは嘘をつかない』」
ここまでは―――セリフどおり。
桂馬は慌てたフリを続けながら、右手を上に掲げた。
これが合図だ。
桂馬は展開を潤滑に進めるため、すでにエルシィ・ハクア・天理には役割を配置してある。並んで歩く二人をストーキングする三人だが、最初に出番があったのはハクアだった。
桂馬の合図を確認して、ハクアが道を歩く二人の前に飛び出す。
あらかじめ渡された紙に書かれたセリフを脳内で反芻しながら、装いつつ桂馬に話しかけた。
「『あ、か、かつらぎー、お前、鳥羽さん以外の女の子とデートなんかしてていいのー?』」
……以上、セリフ終わり。
桂馬は音々に見えないように親指を突き出して、路地裏を指差す。こちらは退散の合図だ。不自然極まりない気もするが、それだけ言ってハクアはそそくさと舞台上から降りていく。困惑している音々の隣を通り過ぎて、ハクアは雑踏の中に消えていった。
「なんで私がこんな役を……!」
路地裏に隠れたハクアを、同じく控えていたエルシィと天理が出迎える。エルシィはわ~いとハイタッチを要求したが、スキのできていた脳天をハクアにチョップされている。いたい。
「誰ですか桂馬さん、あの人……そしてどういう意味ですか、あの言葉!」
桂馬にとっては計画通りの展開だが、演技は続く。桂馬は困ったように頬をかきながら、横目で音々を見つめた。
「『お前だけに言ってやる……実はボクは、好きなんだ。あいつのこと』」
「あいつって……る、瑠乃……?」
「『言わせんな、恥ずかしい!』」
桂馬はそう言って、音々の反応をうかがう。計画通りに行けばいいが……そうでなければフォローが必要だ。と、そう思っていたのだが。
「だから、あんな真剣に……すいません、疑うような感じになってしまって……」
「いや、いいけど」
桂馬は心の中で含み笑いをする。計画その①、完遂。まさに予測どおりの反応だった。これから先の進行に対する布石として、この計画は必要不可欠だった。まずは音々の中での自分の好感度を上げておくため。そしてもう一つは―――
「それにしても」
音々は桂馬の斜め後ろの位置から一歩を踏み出して隣に並び、桂馬と同じように、しかし外面に出して含み笑いをした。
「かわいいところもあるんですね、桂馬さん」
…………。
この作戦……失敗だったか……?
3
そのまま、音々と多少の談笑をしながら音楽ホールに到着した。周辺にはその他の娯楽施設もあり、周りを見ても他にデートをしているカップルがいる。隣の音々はというと、幾度か小さく深呼吸をしていた。そしてそのまま桂馬に話しかける。
「桂馬さん、瑠乃は……」
ま、そう聞くわな。
計画その②。
「音々、お前はとりあえず……そうだな、あそこの物陰にでも隠れていてくれ。瑠乃を説得するにあたってお前の名前は出せなかったから……サプライズだ。そうしないと瑠乃は話を聞いてくれないと思う」
瑠乃と音々は喧嘩しているのだ。計画とは言ったが、これは本当―――今回瑠乃をここに呼び出すに至って、音々の存在は教えていない。
「そうですよね……分かりました。お願いします、桂馬さん」
言って、音々は指示した場所に身を潜めた。
それを見た天理は、桂馬の合図に従って歩き始める。
隣にいるのは。
鳥羽瑠乃。
(瑠乃……)
桂馬は息をのんだ。瑠乃は今、天理と一緒に歩いてきている。隣でではなく、完全な天理の補助をもってだ。瑠乃の瞳は閉ざされていて、光は見えない。本当に、本当に視力を失っているのだ。
(問題はここからか)
視力が消えたことを知らない音々は、遠くに見えた瑠乃の姿を、目をひそめて眺める。隣に誰かいるが、なぜあんな歩き方なのか……足でもけがしたのかもしれない。そう思っていると。
「い、いたいです~!」
音々の後ろから声が聞こえた。そこに横たわっていたのは、黒い髪をした同い年くらいの女の子だった。どこかで見覚えがないこともない。
「ど、どうしました?」
「なんだか急にお腹が痛くなって~、う、いたたたー!」
「大丈夫ですか!? えっと……どうしたら……」
「よ、横になるところはありませんか~、うう~」
そう言われて、音々は周りを見渡した。すると、瑠乃が歩いてきているのとちょうど反対方向に長いベンチがあるのを発見する。音々は慌ててエルシィ……もといその女の子の肩を持って、そこまで歩き始める。
「すいません~」
「いえ、大丈夫ですよ。つらくないですか?」
「は、はいー」
「やればできるじゃないの……」
遠くでそう言ったのは、一連の流れを眺めていたハクアだ。任務を成し遂げたエルシィに対して小さく褒め言葉を送る。ともあれ、計画②はこれで無事に終了。
桂木桂馬と鳥羽瑠乃。
二人を対峙させるのである。
異分子―――なしで。
「瑠乃……」
桂馬は、眼前で危うそうに立っている瑠乃を見つめた。ディアナの言ったことは本当だったことをもう一度認識する。
瑠乃には見えていない。
何も。
「桂馬……」
小さくつぶやいた桂馬の声を聞いて、瑠乃が反応する。光のない目を薄く開いて、声のしたほうへ顔を向けた。
「ごめんね……あのゲーム、攻略できなくなっちゃった」
桂馬の存在感だけを確認しつつ、瑠乃は桂馬にそう告げた。瑠乃の隣に立っている天理は不安そうな顔で桂馬を見つめるが、当の本人はまったく気にも留めない様子だ。
「甘いな。お前が尊敬する落とし神さまなら、きっと画面が見えなくてもエンディングまで行けるぞ」
桂馬が瑠乃にかけた言葉はそれだった。慰めるでも哀れむでもなく、桂馬はいつもどおりに対応した。探っているのだ。瑠乃の真意を。
視力が消えた―――いや、視力を消した真意を。
「やっぱりすごいな、神さまは……」
瑠乃はどこを見ているのか。
「天理、少し外してくれないか」
そう言って、桂馬は瑠乃を連れてコンサートホールの中に入っていった。桂馬が瑠乃の手に自分の手を重ねて引っ張っていくが、瑠乃は微塵の恐れも見せない。むしろどこか嬉しそうにする瑠乃を、桂馬は強い視線で見つめる。
「あの、体調は大丈夫ですか?」
「は、はい~、ご迷惑おかけしてすいません!」
「それでは私はこれで……!」
ベンチの上でぐったりと寝ているエルシィにお辞儀をして、音々は桂馬がいた方向に駆け出す。瑠乃と桂馬が接触しているとすれば、きちんと話を聞いていなければいけないのに―――と思って、彼がもといた場所を覗き込む。が、そこに姿はなかった。
「あれ……?」
辺りを見渡した音々はどこにも彼の姿がないことに気づく。まずい、見失ってしまったのだろうか……と危惧した音々は、近くにいた同い年くらいの女の子に話しかけた。
「すいません、ここにいたメガネをかけた男の人、どこに行ったか見ていましたか……?」
話しかけられた女の人は一瞬驚いたような反応を見せるが、一瞬の間を置いて丁寧に反応する。
「えっと……あっちに行った気がします……」
その女の子が指差したのは、コンサートホールの間逆の方角だった。音々は彼女に礼を告げて、早足でその方向に向かう。それほど遠くには行っていないはずなのだけれど……早く見つけないと。
早く、瑠乃に謝らないと。
その後ろ姿を見ながら、指差した指を下げて天理はぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい……」
「あの人が、鈴鹿音々さんですか」
頼みましたよ、桂木さん。
ディアナは心の中でそう願う。
翌日、桂馬は舞島駅にいた。理由はもちろん、攻略を兼ねたデートをするためである。桂馬からイベントを巻き起こしてスキマを見つけ、午後5時からある音々のコンサートでエンディングを迎える、というのが彼の頭の中にある計画表だった。
エルシィ、ハクア、天理、ディアナ。
それぞれにもタスクは配置してある。独壇場とも言わせない、完全なる桂馬のペース、桂馬の世界で攻略を展開する。
まずは……鈴鹿音々。
「あ、あの」
桂馬が考えにふけっていると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこにいたのは、困ったように桂馬の服の裾をつまんでいる音々だ。
「来たか」
「来たかって、あなたが呼んだんじゃないですか……えっと」
「桂馬だ」
「あなたが呼んだんじゃないですか、桂馬さん」
音々とは昨日の時点で、デートの予定を組み立てておいた。もちろん「デートしましょう」なんて口が裂けても言えないので、そこにはきちんとした餌をまいてある。
『鳥羽瑠乃と会わせてやる』
そう言ったとたん、音々は即座にOKを出した。コンサートの前ではあるが、それでも、瑠乃に会おうとしているのだろう。
音々に関してはさほど問題はない。
問題なのは……
「ちょっと、桂馬さん」
音々を置いてさっさと歩き始めた桂馬を、後ろから音々が追いかける。桂馬の左斜め後ろで歩きながら、音々は桂馬に問いかけた。
「どこに行くのですか」
「どこって、コンサート会場の近くだよ」
「コンサートまではあと何時間もありますよ! それに、る、瑠乃は……?」
「いーから黙ってついてこい」
怪訝そうに見つめる音々を尻目に、桂馬はてくてくと歩き続ける。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……何か喋ってください」
音々は、桂馬の近くで歩きながらの沈黙に耐え切れないようだった。桂馬はこれでもゲームをやりたいのを我慢しているというのに、音々はたじろぎながらそう伝えてきた。
「お前が何か喋ればいいだろ……」
「わ、私はその、こういうのは慣れてないので」
「こういうのって?」
「その、まるで……デート……みたいな……」
音々は声をしぼませながらそう言った。男性恐怖症の瑠乃でさえ、会話くらいなら自分と普通にできているというのに。音々はそれほど人と仲良くなれる人間ではないのだろう……特に男には。
そういえば、瑠乃とは普通に話している。男嫌いとは言ったが、人嫌いというわけではなさそうだ。
男嫌い……
瑠乃が本当に嫌っているのは、何だ……?
「……桂馬さん」
すると、音々から声をかけられた。ちょうど信号が赤になったことに気づき、桂馬も歩みを止める。音々は少し恐れながらも、声を絞り出した。
「あなたと瑠乃との関係は、いったいどんななんですか……?」
――――来た。
音々は不安と恥ずかしさが入り混じったような顔で、それを聞いてきた。桂馬は心の中で少し笑みを浮かべながら、『慌てる』。
「『な、なに言ってんだ! 別にボクとあいつは、そんなんじゃないぞ!』」
そのあからさまな態度を見て、音々はじとっとした瞳で桂馬を見つめる。
「本当ですか?」
「『なっ……ボ、ボクは嘘をつかない』」
ここまでは―――セリフどおり。
桂馬は慌てたフリを続けながら、右手を上に掲げた。
これが合図だ。
桂馬は展開を潤滑に進めるため、すでにエルシィ・ハクア・天理には役割を配置してある。並んで歩く二人をストーキングする三人だが、最初に出番があったのはハクアだった。
桂馬の合図を確認して、ハクアが道を歩く二人の前に飛び出す。
あらかじめ渡された紙に書かれたセリフを脳内で反芻しながら、装いつつ桂馬に話しかけた。
「『あ、か、かつらぎー、お前、鳥羽さん以外の女の子とデートなんかしてていいのー?』」
……以上、セリフ終わり。
桂馬は音々に見えないように親指を突き出して、路地裏を指差す。こちらは退散の合図だ。不自然極まりない気もするが、それだけ言ってハクアはそそくさと舞台上から降りていく。困惑している音々の隣を通り過ぎて、ハクアは雑踏の中に消えていった。
「なんで私がこんな役を……!」
路地裏に隠れたハクアを、同じく控えていたエルシィと天理が出迎える。エルシィはわ~いとハイタッチを要求したが、スキのできていた脳天をハクアにチョップされている。いたい。
「誰ですか桂馬さん、あの人……そしてどういう意味ですか、あの言葉!」
桂馬にとっては計画通りの展開だが、演技は続く。桂馬は困ったように頬をかきながら、横目で音々を見つめた。
「『お前だけに言ってやる……実はボクは、好きなんだ。あいつのこと』」
「あいつって……る、瑠乃……?」
「『言わせんな、恥ずかしい!』」
桂馬はそう言って、音々の反応をうかがう。計画通りに行けばいいが……そうでなければフォローが必要だ。と、そう思っていたのだが。
「だから、あんな真剣に……すいません、疑うような感じになってしまって……」
「いや、いいけど」
桂馬は心の中で含み笑いをする。計画その①、完遂。まさに予測どおりの反応だった。これから先の進行に対する布石として、この計画は必要不可欠だった。まずは音々の中での自分の好感度を上げておくため。そしてもう一つは―――
「それにしても」
音々は桂馬の斜め後ろの位置から一歩を踏み出して隣に並び、桂馬と同じように、しかし外面に出して含み笑いをした。
「かわいいところもあるんですね、桂馬さん」
…………。
この作戦……失敗だったか……?
3
そのまま、音々と多少の談笑をしながら音楽ホールに到着した。周辺にはその他の娯楽施設もあり、周りを見ても他にデートをしているカップルがいる。隣の音々はというと、幾度か小さく深呼吸をしていた。そしてそのまま桂馬に話しかける。
「桂馬さん、瑠乃は……」
ま、そう聞くわな。
計画その②。
「音々、お前はとりあえず……そうだな、あそこの物陰にでも隠れていてくれ。瑠乃を説得するにあたってお前の名前は出せなかったから……サプライズだ。そうしないと瑠乃は話を聞いてくれないと思う」
瑠乃と音々は喧嘩しているのだ。計画とは言ったが、これは本当―――今回瑠乃をここに呼び出すに至って、音々の存在は教えていない。
「そうですよね……分かりました。お願いします、桂馬さん」
言って、音々は指示した場所に身を潜めた。
それを見た天理は、桂馬の合図に従って歩き始める。
隣にいるのは。
鳥羽瑠乃。
(瑠乃……)
桂馬は息をのんだ。瑠乃は今、天理と一緒に歩いてきている。隣でではなく、完全な天理の補助をもってだ。瑠乃の瞳は閉ざされていて、光は見えない。本当に、本当に視力を失っているのだ。
(問題はここからか)
視力が消えたことを知らない音々は、遠くに見えた瑠乃の姿を、目をひそめて眺める。隣に誰かいるが、なぜあんな歩き方なのか……足でもけがしたのかもしれない。そう思っていると。
「い、いたいです~!」
音々の後ろから声が聞こえた。そこに横たわっていたのは、黒い髪をした同い年くらいの女の子だった。どこかで見覚えがないこともない。
「ど、どうしました?」
「なんだか急にお腹が痛くなって~、う、いたたたー!」
「大丈夫ですか!? えっと……どうしたら……」
「よ、横になるところはありませんか~、うう~」
そう言われて、音々は周りを見渡した。すると、瑠乃が歩いてきているのとちょうど反対方向に長いベンチがあるのを発見する。音々は慌ててエルシィ……もといその女の子の肩を持って、そこまで歩き始める。
「すいません~」
「いえ、大丈夫ですよ。つらくないですか?」
「は、はいー」
「やればできるじゃないの……」
遠くでそう言ったのは、一連の流れを眺めていたハクアだ。任務を成し遂げたエルシィに対して小さく褒め言葉を送る。ともあれ、計画②はこれで無事に終了。
桂木桂馬と鳥羽瑠乃。
二人を対峙させるのである。
異分子―――なしで。
「瑠乃……」
桂馬は、眼前で危うそうに立っている瑠乃を見つめた。ディアナの言ったことは本当だったことをもう一度認識する。
瑠乃には見えていない。
何も。
「桂馬……」
小さくつぶやいた桂馬の声を聞いて、瑠乃が反応する。光のない目を薄く開いて、声のしたほうへ顔を向けた。
「ごめんね……あのゲーム、攻略できなくなっちゃった」
桂馬の存在感だけを確認しつつ、瑠乃は桂馬にそう告げた。瑠乃の隣に立っている天理は不安そうな顔で桂馬を見つめるが、当の本人はまったく気にも留めない様子だ。
「甘いな。お前が尊敬する落とし神さまなら、きっと画面が見えなくてもエンディングまで行けるぞ」
桂馬が瑠乃にかけた言葉はそれだった。慰めるでも哀れむでもなく、桂馬はいつもどおりに対応した。探っているのだ。瑠乃の真意を。
視力が消えた―――いや、視力を消した真意を。
「やっぱりすごいな、神さまは……」
瑠乃はどこを見ているのか。
「天理、少し外してくれないか」
そう言って、桂馬は瑠乃を連れてコンサートホールの中に入っていった。桂馬が瑠乃の手に自分の手を重ねて引っ張っていくが、瑠乃は微塵の恐れも見せない。むしろどこか嬉しそうにする瑠乃を、桂馬は強い視線で見つめる。
「あの、体調は大丈夫ですか?」
「は、はい~、ご迷惑おかけしてすいません!」
「それでは私はこれで……!」
ベンチの上でぐったりと寝ているエルシィにお辞儀をして、音々は桂馬がいた方向に駆け出す。瑠乃と桂馬が接触しているとすれば、きちんと話を聞いていなければいけないのに―――と思って、彼がもといた場所を覗き込む。が、そこに姿はなかった。
「あれ……?」
辺りを見渡した音々はどこにも彼の姿がないことに気づく。まずい、見失ってしまったのだろうか……と危惧した音々は、近くにいた同い年くらいの女の子に話しかけた。
「すいません、ここにいたメガネをかけた男の人、どこに行ったか見ていましたか……?」
話しかけられた女の人は一瞬驚いたような反応を見せるが、一瞬の間を置いて丁寧に反応する。
「えっと……あっちに行った気がします……」
その女の子が指差したのは、コンサートホールの間逆の方角だった。音々は彼女に礼を告げて、早足でその方向に向かう。それほど遠くには行っていないはずなのだけれど……早く見つけないと。
早く、瑠乃に謝らないと。
その後ろ姿を見ながら、指差した指を下げて天理はぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい……」
「あの人が、鈴鹿音々さんですか」
頼みましたよ、桂木さん。
ディアナは心の中でそう願う。
4
「桂馬、ここ、どこ……?」
真っ暗闇にしか見えない世界の中を、桂馬に連れられるままに歩いている瑠乃は、さすがに不安そうな声を漏らした。
「二次元への階段だよ」
桂馬はそっけなくそう答える。瑠乃は一瞬笑おうとしたが、桂馬の声のトーンを察してそれをやめる。桂馬の言い方にはまるで冗談という感じがなく、揺らいでおらず、決心したかのようにも聞こえた。
二次元への階段。
瑠乃は一歩ずつそれを上っている。
「このまま、行けるのかな。向こうの世界へ」
瑠乃は微笑みながらそう言った。桂馬は変わらぬ速度で階段を上り、瑠乃の手を引いている。瑠乃は手から伝わる桂馬の薄いぬくもりを目印にして、また一歩と足を踏み出す。
静寂に満ちているその階段は、まるで本当に別の世界へつながっているかのようだった。
「お前は向こうの世界に行きたいのか?」
桂馬はそう問いかける。粘り気のない、独り言のような問いかけだ。
瑠乃の答えは一瞬だった。
「行きたいよ」
「この階段の上に、その世界があるとして」
桂馬も言葉を止めない。瑠乃は瞳から光と色を失いながらも、食い入るように桂馬の方向を眺める。
「引き返すなら、今しかない……」
桂馬は。
まるで誘導するかのようにそう言った。
「引き返すわけないよ!」
瑠乃は桂馬の手を強く握った。自分の意思を表現することが、口以外ではそこしかないからかもしれない。
瑠乃はすがるように桂馬に言葉をぶつける。
「私、思ったんだ。この世界は辛いことばっかりだって。今までずっと、辛くないように、辛くないようにと上手に生きてこようと思ってた。そしてそれを実践してた。でも、うまくは行かない……どうしてだろうね。どうして、うまくいかないのかな」
桂馬は強く歯を噛み締めていた。
それが答えなのか、瑠乃。
「『そうだな、現実なんて、クソゲーだ』」
「……そうだよ!」
ついに、瑠乃は桂馬をぐいっと引っ張った。桂馬は一段分の階段を降りざるをえなくなり、瑠乃と体が密着する。光を灯さない瑠乃の目を、桂馬は見つめた。
瑠乃は体が触れていることも気にせず、桂馬の手を両手で包んだ。そして祈るように―――言う。
「現実なんて、クソゲーだよ! セーブもロードもできない、バックログもない、何度もやり直すことだってできない! 現実は不完全で、未熟で……そして、私をいつも苦しめる……」
「……………」
桂馬は何も言わない。それでも瑠乃は言葉を絶やすことなく、続けた。
「舗装された道とでこぼこな道があったら、当然舗装された道を通るように。私はこんな道、もう嫌なんだ。理想の世界に、行きたいよ」
桂馬はもう一度だけ歯を食いしばる。
「行きたい。生きたい。階段を上ろうよ」
瑠乃は、桂馬の眼前に顔を近づける。鼻先がかすれるような距離の中で、瑠乃は桂馬に懇願した。上ろうよ。現実から理想へ、向かおうよ。
「…………………………………………………そうだな」
桂馬は沈黙をおいて、そう答えた。瑠乃からその表情を見ることはできないが、彼女はひどく安心していた。昔、小学校の男子からいじめられていたとき―――あのとき現れた、鈴鹿音々。今の瑠乃にとっての桂馬は、あのときの音々そのものだったのだ。私のメシア。鈴鹿音々はもう、私の世界からは消えていってしまったけれど、もう二度と離さない。一緒にいようよ。
一緒にいようよ……桂馬。
「さあ、ドアは、すぐそこだ」
桂馬が強く手を引く。瑠乃は心を跳ねさせながらそれについていく。階段を駆け上って、
駆け上って、
駆け上って、
ふと。
桂馬の手が、瑠乃から離れる。
「…………………」
何が起きたのか分からなかった。
何も聞こえなくなる。
何も見えなくなる。
「けい……ま……?」
跳ねていた胸が、鼓動が、裏表をひっくり返されたかのように反転する。感情が反転する。思考が反転する。そして何もかも分からなくなって、反転する。
「けい……ま………」
何も聞こえない。
「け……けい、ま」
何も見えない。
「……………」
何も。
分からない。
「どうしたんだ、瑠乃」
そのとき、どこからか桂馬の声が聞こえた。あわてて瑠乃はその声を辿るが、どこにいるのかなど分からない。声の方向へ駆け出して行きたいが、足元は階段だ。下手をして踏み外せば、どこまで落ちるか分からない。
桂馬。
桂馬。
「桂馬……けいまぁっ! どこに、どこにいるの?」
桂木桂馬は答える。見当違いに。
「ドアは目の前にあるよ」
何を言っているのだ。
瑠乃は少しずつ涙を流しながら、桂馬の対応に反論する。
「ドアじゃないよ……桂馬、桂馬はどこなの!?」
泣きながら頭を抱え、ついに瑠乃はしゃがみこんだ。
哀れだ。
桂馬はその思いを滾らせながら、悲しそうに瑠乃を見つめている。
そして―――口を開いた。
「君が探しているのは、ボクじゃない。別の世界への扉だ」
「わ、私が探してるのは」
「君が探しているのは、扉だ。ボクじゃない。そこを開いて―――進めばいい」
お前が尊敬する落とし神さまなら、きっと画面が見えなくてもエンディングまで行けるぞ……その言葉が、なぜか瑠乃の脳裏を走る。
瑠乃の心の中に、分からないことが満ちていく。何を言っているのだこの人は。さっきまで手を握っていたではないか。裏切ったの?そうだ、裏切ったんだ。必死に生きてきた私の人生を、くだらないと一蹴したあの女と同じだ。どうして。どうしてどうしてどうして。
どうして。
現実なんて……現実なんて……現実なんて……!
ク……
桂馬……
桂馬……
どこにいるの。
どこにいるの。
嫌だよ。
隣にいてよ。
一緒に行こうよ、桂馬……。
君は、逃げているだけなんだ。
突っ伏す瑠乃の耳に、ささやくような声が届いた。
君が楽しんでいたゲームも。
君がまとっていた服も。
君が信じていた神も。
君が失った視力も。
君の掲げた理想も。
すべて。
すべて理由にして。
君は、逃げているだけなんだよ……
「じゃあ」
「どうすればいいの」
「傷つくことが怖くて、傷つかないように生きて」
「それが糾弾されてしまうなら」
「私は、どうすればいいの」
瑠乃はそのまま、力が抜けたかのようにゆっくりと体勢を崩した。長く続く階段の下に向かって。それに抗おうともしない。
辛い目にあうのなら、もう……
もう、いいや――――
「瑠乃!」
そのとき。その瞬間。
聞きなれた人の声が、瑠乃の耳を通り抜けた。
その人は細い腕で倒れかけた瑠乃を抱え、そしてなぜかは分からないけれど―――泣きじゃくっている。
なにこれ。
そう思いながら、瑠乃はゆっくりと目を開いた。光が………差し込む。
見える。
見える―――。
そして、瑠乃は開いた瞳でしかと見た。自分を抱えて泣く人の姿を。そしてその温もりを。しっかりと感じたのだ。
懐かしい。
そんな思いが胸に満ちていた。
昔、男の子にイジめられたとき、あのときも自暴自棄になった瑠乃を彼女は、今と同じように抱えてくれた。
「音々……?」
「瑠乃、ごめんね―――瑠乃」
音々の流した涙が、抱えられた瑠乃の頬に伝った。
桂馬はその様子を傍らで眺めつつ、思考を巡らせる。
終わりじゃない。
これからが、最後の戦いだ。
「エンディングが……見えたぞ」
桂馬は果てしなく続く階段の上、遥か上を睨み付けて、言った。
つづく
「桂馬、ここ、どこ……?」
真っ暗闇にしか見えない世界の中を、桂馬に連れられるままに歩いている瑠乃は、さすがに不安そうな声を漏らした。
「二次元への階段だよ」
桂馬はそっけなくそう答える。瑠乃は一瞬笑おうとしたが、桂馬の声のトーンを察してそれをやめる。桂馬の言い方にはまるで冗談という感じがなく、揺らいでおらず、決心したかのようにも聞こえた。
二次元への階段。
瑠乃は一歩ずつそれを上っている。
「このまま、行けるのかな。向こうの世界へ」
瑠乃は微笑みながらそう言った。桂馬は変わらぬ速度で階段を上り、瑠乃の手を引いている。瑠乃は手から伝わる桂馬の薄いぬくもりを目印にして、また一歩と足を踏み出す。
静寂に満ちているその階段は、まるで本当に別の世界へつながっているかのようだった。
「お前は向こうの世界に行きたいのか?」
桂馬はそう問いかける。粘り気のない、独り言のような問いかけだ。
瑠乃の答えは一瞬だった。
「行きたいよ」
「この階段の上に、その世界があるとして」
桂馬も言葉を止めない。瑠乃は瞳から光と色を失いながらも、食い入るように桂馬の方向を眺める。
「引き返すなら、今しかない……」
桂馬は。
まるで誘導するかのようにそう言った。
「引き返すわけないよ!」
瑠乃は桂馬の手を強く握った。自分の意思を表現することが、口以外ではそこしかないからかもしれない。
瑠乃はすがるように桂馬に言葉をぶつける。
「私、思ったんだ。この世界は辛いことばっかりだって。今までずっと、辛くないように、辛くないようにと上手に生きてこようと思ってた。そしてそれを実践してた。でも、うまくは行かない……どうしてだろうね。どうして、うまくいかないのかな」
桂馬は強く歯を噛み締めていた。
それが答えなのか、瑠乃。
「『そうだな、現実なんて、クソゲーだ』」
「……そうだよ!」
ついに、瑠乃は桂馬をぐいっと引っ張った。桂馬は一段分の階段を降りざるをえなくなり、瑠乃と体が密着する。光を灯さない瑠乃の目を、桂馬は見つめた。
瑠乃は体が触れていることも気にせず、桂馬の手を両手で包んだ。そして祈るように―――言う。
「現実なんて、クソゲーだよ! セーブもロードもできない、バックログもない、何度もやり直すことだってできない! 現実は不完全で、未熟で……そして、私をいつも苦しめる……」
「……………」
桂馬は何も言わない。それでも瑠乃は言葉を絶やすことなく、続けた。
「舗装された道とでこぼこな道があったら、当然舗装された道を通るように。私はこんな道、もう嫌なんだ。理想の世界に、行きたいよ」
桂馬はもう一度だけ歯を食いしばる。
「行きたい。生きたい。階段を上ろうよ」
瑠乃は、桂馬の眼前に顔を近づける。鼻先がかすれるような距離の中で、瑠乃は桂馬に懇願した。上ろうよ。現実から理想へ、向かおうよ。
「…………………………………………………そうだな」
桂馬は沈黙をおいて、そう答えた。瑠乃からその表情を見ることはできないが、彼女はひどく安心していた。昔、小学校の男子からいじめられていたとき―――あのとき現れた、鈴鹿音々。今の瑠乃にとっての桂馬は、あのときの音々そのものだったのだ。私のメシア。鈴鹿音々はもう、私の世界からは消えていってしまったけれど、もう二度と離さない。一緒にいようよ。
一緒にいようよ……桂馬。
「さあ、ドアは、すぐそこだ」
桂馬が強く手を引く。瑠乃は心を跳ねさせながらそれについていく。階段を駆け上って、
駆け上って、
駆け上って、
ふと。
桂馬の手が、瑠乃から離れる。
「…………………」
何が起きたのか分からなかった。
何も聞こえなくなる。
何も見えなくなる。
「けい……ま……?」
跳ねていた胸が、鼓動が、裏表をひっくり返されたかのように反転する。感情が反転する。思考が反転する。そして何もかも分からなくなって、反転する。
「けい……ま………」
何も聞こえない。
「け……けい、ま」
何も見えない。
「……………」
何も。
分からない。
「どうしたんだ、瑠乃」
そのとき、どこからか桂馬の声が聞こえた。あわてて瑠乃はその声を辿るが、どこにいるのかなど分からない。声の方向へ駆け出して行きたいが、足元は階段だ。下手をして踏み外せば、どこまで落ちるか分からない。
桂馬。
桂馬。
「桂馬……けいまぁっ! どこに、どこにいるの?」
桂木桂馬は答える。見当違いに。
「ドアは目の前にあるよ」
何を言っているのだ。
瑠乃は少しずつ涙を流しながら、桂馬の対応に反論する。
「ドアじゃないよ……桂馬、桂馬はどこなの!?」
泣きながら頭を抱え、ついに瑠乃はしゃがみこんだ。
哀れだ。
桂馬はその思いを滾らせながら、悲しそうに瑠乃を見つめている。
そして―――口を開いた。
「君が探しているのは、ボクじゃない。別の世界への扉だ」
「わ、私が探してるのは」
「君が探しているのは、扉だ。ボクじゃない。そこを開いて―――進めばいい」
お前が尊敬する落とし神さまなら、きっと画面が見えなくてもエンディングまで行けるぞ……その言葉が、なぜか瑠乃の脳裏を走る。
瑠乃の心の中に、分からないことが満ちていく。何を言っているのだこの人は。さっきまで手を握っていたではないか。裏切ったの?そうだ、裏切ったんだ。必死に生きてきた私の人生を、くだらないと一蹴したあの女と同じだ。どうして。どうしてどうしてどうして。
どうして。
現実なんて……現実なんて……現実なんて……!
ク……
桂馬……
桂馬……
どこにいるの。
どこにいるの。
嫌だよ。
隣にいてよ。
一緒に行こうよ、桂馬……。
君は、逃げているだけなんだ。
突っ伏す瑠乃の耳に、ささやくような声が届いた。
君が楽しんでいたゲームも。
君がまとっていた服も。
君が信じていた神も。
君が失った視力も。
君の掲げた理想も。
すべて。
すべて理由にして。
君は、逃げているだけなんだよ……
「じゃあ」
「どうすればいいの」
「傷つくことが怖くて、傷つかないように生きて」
「それが糾弾されてしまうなら」
「私は、どうすればいいの」
瑠乃はそのまま、力が抜けたかのようにゆっくりと体勢を崩した。長く続く階段の下に向かって。それに抗おうともしない。
辛い目にあうのなら、もう……
もう、いいや――――
「瑠乃!」
そのとき。その瞬間。
聞きなれた人の声が、瑠乃の耳を通り抜けた。
その人は細い腕で倒れかけた瑠乃を抱え、そしてなぜかは分からないけれど―――泣きじゃくっている。
なにこれ。
そう思いながら、瑠乃はゆっくりと目を開いた。光が………差し込む。
見える。
見える―――。
そして、瑠乃は開いた瞳でしかと見た。自分を抱えて泣く人の姿を。そしてその温もりを。しっかりと感じたのだ。
懐かしい。
そんな思いが胸に満ちていた。
昔、男の子にイジめられたとき、あのときも自暴自棄になった瑠乃を彼女は、今と同じように抱えてくれた。
「音々……?」
「瑠乃、ごめんね―――瑠乃」
音々の流した涙が、抱えられた瑠乃の頬に伝った。
桂馬はその様子を傍らで眺めつつ、思考を巡らせる。
終わりじゃない。
これからが、最後の戦いだ。
「エンディングが……見えたぞ」
桂馬は果てしなく続く階段の上、遥か上を睨み付けて、言った。
つづく
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