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神のみ・サンデーの感想ブログ。こっちはまじめ。
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神のみぞ知るセカイを人生の主軸、少年サンデーとアニメを人生の原動力としている人。
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雨の日も好きだよ、君の傘暖かい
愛しさ永遠なくならない
信じてるよ
雨上がりの空に、虹を見上げて二人
いつまでも、手をつないで歩きたいよ
光の中を……




アニメ神のみぞ知るセカイⅡ、第7話「Singing in the Rain」の感想を。

 

ちひろ編は、ひとつの愛のお話でした。
要素の多いちひろ編は、おそらく見た人それぞれのイメージ、受け取りかたというものがあると思います。それが誰かの意図したものだったり、そうではなかったりするかもしれませんが、少なくとも自分はそういうふうに感じましたね。



恋と愛。
自分が神のみぞ知るセカイⅡを見始めて、一話のクオリティに感動していた中で……唯一気になったところがあります。それがエンディングの「アイノヨカン」です。と言っても、楽曲的や作画的な「気になった」という意味ではなくて、そのエンディングが秘めていたメッセージについてです。一期の曲面、そして二期のOP「A whole new world god only knows」を聴いて、自分はアニメ神のみにおける音楽要素の重要さをかみ締めていました。それは一期のかのんや、栞編最終話キスシーンまでのOPの使い方でも痛いほど分かっていましたが、二期のOPを聴いてより強く感じました。そしてエンディングを聴いたとき、一瞬頭の中にハテナマークが浮かんでしまいましたね……これはどういう意味なんだ、アニメ神のみに(というより、神のみぞ知るセカイという作品に)いったいどんな意味を成しているんだ、と。
それが、エンディング「アイノヨカン」です。
そのサビ部分では、このような歌詞が流れています。

「恋じゃなくて愛よ」




……果たして、この言葉がどういう意味を持っているのか。二期一話を見たとき、自分はそれが分かりませんでした。
恋と愛。
何が違うのか。
そして違ったとして、この歌の中では上のようにしてその違いを強調しています。公式サイトにおけるエンディングの紹介も、「恋から愛へ―――」と言ったものでした。正直、自分は納得いかなかったですよ。なんだそれは!と。まるで、恋が愛よりも劣っているような印象じゃないですか。このとき、自分の中では「恋<愛」なのか、それとも「恋→愛」なのか……ずっと頭の中をそれが回っていました。「恋じゃなく愛」と言い切るからには、きっとそこに何か意味がある。神のみの楽曲として、なんとなくでそう言っているわけは絶対にないですよ。そうなると、そこを掴めなければ神のみぞ知るセカイⅡ、その本質を掴むこともできないのではないかとずっと危惧してきました。

恋と愛の違い―――みなさん分かりますか?自分は一向に分かりませんでしたよ。
分からないだけならまだしも、自分は「どうせなら、恋>愛だろ」と思ってましたからね……だって、神のみって恋の話じゃないですか。エルシィが最初に来たときだって「心のスキマを埋めるには恋が一番!」って言ってたし、神のみのプロトタイプの読みきりのタイトルだって「恋して!?神様!!」ですよ。むしろ、神のみの中では愛という言葉はあまり聞かない言葉ですらありました。神のみで愛の話されたって困るよ、だって恋のお話なんだから。しかもそれが、まるで恋に勝っている、そうでなくとも「恋から愛に成りついた」みたいな物言いをされてしまったら、どうすることもできないじゃないですか。



でも、今回、その悩みに決着がつきましたよ。

ちひろ編の話こそが、まさにその「恋と愛」について語っていた話のように、今は感じます。そのきっかけとなったのが、今週の放送で新たに流れたDVD/Blu-rayの告知CMですね。

コイノシルシ、アイノヨカンが流れる中で、ヒロインたちのイラストと一緒に二つのキャッチフレーズが表示されました。それが、
「女子の数だけ恋がある」
「恋からはじまる愛がある」
でした。そして、各エンディング曲をイメージとしたとみられる、小さな英文も流されました。それが、
「FLAG OF LOVE」
「SIGN OF LOVE」
というもの。

これを見たとき、自分の頭の中にあった「恋と愛」、それに関するモヤモヤが全部一気に消し飛んだ気がしましたね。簡単なことだったんですよ。



「恋と愛」、変わりはしません。だってどっちも「LOVE」なんですよ。人が誰かを好きになることに、愛は観点がどうのこうの、恋は一般的な意味がどうのこうのと、理屈を並べることなんてナンセンスでしたね。ただただ、単純な想いの推移それだけでした。

自分は、神のみキャラでも麻美ちゃん、かのん、灯、そして桂馬くんなんかは特筆して大好きです。イラストを描きたいと思うし、描いてあれば他よりも強く食いつきます。そして自分の考えでは、これは「愛」でした。かわいい子猫を抱きしめたくなるような感情。一方、原作7巻に出てくる鮎川天理に対しては、まあ色々な諸事情がありまして、筆を取り出して書きなぐりたくなるくらい、特筆して大好きですよ。この感情は、愛とは少し違う……切なくて、同人誌で好き勝手やられるのに抵抗感があって、なりきりbotが他人に返信しているのにも憤りを感じる。二次元相手にしてんなと言われてしまえばおしまいですが、自分の認識ではこれが「恋」です。子猫に抱く想いとはまったく違う感情。そういう理解でした。

でも、それはきっと違うんですよ。
コイノシルシ、アイノヨカンを紐解いていくと、コイノシルシに含まれる「溢れる幸せ」に対して、アイノヨカンはどこか「抱えた辛さ」というものが垣間見れます。一番の歌詞にも、アイノヨカンには「絶対失いたくない」「あなたを思うだけで切ない」といった、一つの悲しみが描かれている気がしました。発売中のCDに収録されているフルバージョンでは、それに関してより明確な表現がされていますね。
恋から愛へ。
それは、痛むことですよ。



恋は、ふとした瞬間に相手をかっこいい、かわいい、と思い、心惹かれることを言います。それは胸の何処からか湧き出たエネルギーとなって、青春を輝かす。手をつないでドキドキしたり、気になっている人と会話して幸せと感じたり。つまり、相手を想うことです。

愛は、アイノヨカンで描かれてもいるように少し「悲壮」です。今まで思うだけで満足していたものが、「思うだけで切なく」なる。そして「絶対失いたくない」と感じる。そこには恋のような浮かれた幸せはなくて、悲しみを抱えた欲求があります。つまり、相手を欲することです。
すなわち、相手から欲されたい、と欲することです。


……で、やっとですが、ここで本編と話がつながります。

恋をすることは、楽なことなんですよ。相手を思っていればいいから。相手に何をして、何をされて自分の中に幸せが満ちる。まさにちひろが言った「恋がないと人生張り合いがない」つまり「恋があることによって、人生が張り合う」ということです。
そして、そのちひろもそれをずっとやってきました。サッカー部のキャプテンやイケメンのユータくんなど、憧れの人への恋を続けてきました。相手を思い、輝きを知り、自分の中にも輝きを満たしていた(あくまで、自分の中に)。当時のちひろにとって、それはかなり重要なエネルギーだったのかもしれません。
その後、桂馬くんと知り合い、様々ないざこざの中で彼に告白の手伝いをするようにお願いをします。裏側にさまざまな事情を抱えている桂馬くんは、それに対して乗ってくれました。そして、ユータくんに対する「恋」を深めていきました。
最終話において、三日間練習や用意を積み重ねてきたユータくんへの告白イベントを、結局ちひろは行いません。それはなぜか。面倒くさいと思ったわけでも、気まぐれでもなく。
もう一つの気持ちに気づいたからです。
それが、桂木桂馬。
それが、愛。



ちひろが今までしてきた「恋」は、相手を想うことでした。パーッと好きになって、告白する。そして玉砕されても一日で復活する。その中に苦痛というものはなく、ちひろはその生ぬるい環境の中で楽しく過ごしていました。
ただ、桂馬くんと一緒にユータくんを攻略していく中で、ちひろの中にもう一つの感情が芽生えます。それが桂木桂馬、彼に対する思いでした。その思いは今までの「恋」とは違って、単純な幸せなものでもなければ、胸の奥が輝きで満たされるものでもない。歩美やかのんといった他の輝きの前で、逆に光をなくしてしまうものでしたよ。ああ、辛い。
相手からたとえ冷たくされ、断られたとしても、恋の中ではちひろは無事だった。それなのに、桂馬くんに思いを寄せるようになってからは、所々で切ない表情を見せるようになりました……話しかけようかな、なんて思ったり。ちょっと意に反してみようかなと思ったり。この日々が終わって欲しくないなと思ったり。
そうする方法は単純ですよ。言えばよかった。自分の思いを言えばよかった。でも、ちひろはいつまでもそれを言えないでいました。おそらく一番混乱していたのは、ちひろだったのではないでしょうか。どうしてこうなってしまうのよ、今までの恋なら、別段悩んでもいなかったのに。



ユータくんへの決戦の朝、事実上の「今日でさよなら」メールを送ってきた桂馬くんへのちひろの思いは、愛でした。自分はそう感じてますね。つまり―――相手を欲し、相手から欲されたいと思っていた。ちひろはそれまで、自分がフツーでもそれほど気にする素振りを見せませんでした。フツーのまま告白して、そのまま過ごしていた。でもある日、歩美やかのんと言った、輝いている人がすごく目に付くようになってしまった。雨の中でも夢に向かって努力する歩美、テレビの中で自分には到底できないことをやってのけるかのん。彼女たちの輝きに、ちひろはいつのまにか目をやっていました。
輝きたい。
ちひろはいつしかそう思っていたんですね。
そしてそれは、他の何でもなく、愛のためですよ。恋をするのに、容姿もステータスも干渉はしてきません。自分の思いがあれば、いつ誰にだって恋はできます。でもそれが愛となったとき、他人を欲したとき―――そこで改めて自分に目が行くんですね。
私は光っていなくていいのか。
光らなきゃいけないのではないか。
パーティーに出るのにある程度の正装が必要なように、武道家になるのに強靭な肉体が必要なように、自分も何かが必要なのではないか。足りうる存在となるには、もっと輝かなければいけないのか。いつしかちひろはそれを気にするようになって、そして……どうしようもない自分に、悩みを抱くようになりました。



「少しはお前も真剣になれ!」
そんな悩みを抱えたまま、告白当日を迎えたちひろ。もはや意味をなくしたその告白を、ちひろはもういいんじゃない?と却下しました。ちひろが見ていたのは数日前の恋ではなく、今の愛だったから。
でも、そんな言動を桂馬くんが許すはずもなくて……つい、上のような言葉を口にします。
「真剣になって、どうなるってのさ!」
それに対しての、ちひろの反応がこれです。
悩んで。
真剣に考えても。
この世界の中じゃ、どうにもならない。
小阪ちひろは小阪ちひろでしかない。
私は、輝けない……。

愛は届かない。届いてくれることもない。「現実はクソゲー」と認識し始め、そしてその中でどうすることもできない自分に対する絶望を抱えるちひろ。そんな彼女に対して、桂馬くんはひとつの言葉を投げかけます。





「ボクは確かに現実に絶望してる」
「だけど、自分には絶望していない」



今がどうかを決めているのは現実じゃなく、自分だ。桂馬くんはそう言いました。
悩んで。
真剣に考えて。
そうしたら、この世界の中でも、どうにかなるのかもしれない。
小阪ちひろは小阪ちひろでしかない。
でも。
輝けるかもしれない。

暗い雲のような、分厚い空。それが絶望とするなら、ちひろはその内側にいました。どうにかなるかもしれないけど、どうにもならないかもしれないよ。ちひろは、その黒い雲の下で、傘をさすことしかできませんでした。これからもそうすることしかできない―――そう思っていたときに。
ボクが助けてやる。
神はそう言って、上にあった雲を全て払いのけてくれました。もう傘を差す必要もない。両手を振って自由に歩いていっていい。もしもまた曇り始めたら、そのときはまた自分が雲を晴らすから。そこまではできなくても、君の頭の上に、開いた傘を置いてあげるから。君はそれに気づかないかも知れないけれど、まあ、歌でも歌ってくれればいいさ。
それはきっと、
何よりも輝いていることだから。


次回予告!
FLAG 8.0「はじめての☆おつかい」
FLAG 8.5「3人でお茶を。」

あるゲームソフトを買うため、隣町のゲームショップに来た桂馬とエルシィ。
ところが他の店でも魅力的なフェアが…。
おめあてのゲームをすべて手に入れるため、
桂馬はエルシィをおつかいに行かせるのだが、果たして……(「はじめての☆おつかい」)。
先日の駆け魂狩りでの顛末に関する報告書を作成するためにハクアがやってきた。
報告書作りに協力してほしいというが……(「3人でお茶を。」)。





ちひろは「ちひろ編」で、愛を知りました。でも、それを教えた桂馬くん自身も愛を知らなかったのかもしれません。自分も、二次元に恋した恋と愛というものを踏み違えていましたから……二次元に対しても愛は生まれますけどね。愛することという本質へは、どうやったって行きえないんじゃないかなあ。二次元相手は恋しかできませんよ、良くも悪くも。
「みんな、こんな現実に四苦八苦してる」

いつか。
いつか桂馬くんも、現実に四苦八苦するようになるんでしょうか。自分を気にして、そして相手を欲して相手に欲しがられる。今回、少し意味深な感じで終わりましたが……あのとき、散々ユータくんの攻略方法をちひろと考えたあの場所で、今度はちひろがいない中で、桂馬くんは何を思っていたのか。お互い「想うこと」しか知らなかった二人でしたが、ちひろは他人を「求めること」を知っていきました。相手の記憶が消えてしまう以上、桂馬くんは他人を求めることはできません。そういうふうにできているから。

でも。
今がどうかを決めているのは現実じゃなく、自分だ。

桂馬くんがそう思っているのなら、そんなことは、恐れるに足りないことなのかもしれませんね。


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