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神のみぞ知るセカイを人生の主軸、少年サンデーとアニメを人生の原動力としている人。
絵やSSもたまに書きますが、これは人生の潤滑油です。つまり、よくスベる。
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ルキノさんとの合同神のみSS・第6話です!
今回の執筆担当は私とれふるとなっております……今回から、毎回恒例だった「選択肢アンケート」の分岐がなくなりました。これからはルート一直線まっしぐらということで!
(合同SS関連をまとめました。以前の話はこちらから)
それではどうぞ!
1
「ちょっと待て、お前の力を借りたい」
怒って飛び去ろうとしたハクアを桂馬は呼び止めた。何を今更、とハクアは怒り返そうとするが、桂馬の顔を見てそれをやめる。
桂馬の顔は真剣そのものだった。視線はゲーム画面に向いてはいるものの、その表情は一片の曇りもなかった。自分が始めて桂木桂馬と会ったとき、鋭い洞察力を見せたあの目と同じ。ハクアは横目でその表情をちらちらと見つつ、改めて桂馬に問いかける。
「ま、まあ、手伝ってやらないこともないけど」
ハクアは恥ずかしそうにしながらも、桂馬に向かってそう話しかける。桂馬はそんなハクアには目も向けないが、慣れてきたのかハクアもそれに関して突っ込みはしない。
「……で、どうすんのよ。鳥羽瑠乃だっけ? その娘を攻略するんでしょ」
「そうだな」
桂馬は無愛想な顔でそう答えた。お相手してやるわよ、といった様子でハクアも声のトーンを下げて応答する。
「お前が力を借りたい……なんて言うなんて、よっぽど苦労してるのね」
「そうでもないぞ」
……そうでもないの?
ハクアは桂馬の顔を覗きこんだ。嘘をついている様子……では、なさそうだ。
「私も忙しくないから、順調に進んでるなら帰りたいんだけど!」
本心かどうかはさておき、ハクアはそう毒舌を吐いた。吐いて、後悔して、でも撤回できるはずもなくて……結局顔色を伺うはめになる。この一連の流れこそ、もう、慣れた。やめたい。
「順調に進んでるよ」
順調に進んでる。その言葉を聞いて、ハクアは胸の内が濁りだすのを実感する。
「順調って、どこまで」
「70パーセントくらい」
「そんな言い方されても分からないわよ!」
桂馬は隣で怒鳴るハクアに眉をひそめるが、強く言い返さずに、じっくり、分かりやすく説明してあげることにした。落とし神は親切なのだ。
「お前、今何か失礼なこと考えてるでしょ」
「ボクがお前に失礼なこと言ったことがあったか」
「あるわよ!」
ハクアは鎌の枝を桂馬の脳天めがけて振り下ろした。うお、あぶね、と桂馬は間髪でそれを避けるが、さっきまで桂馬が左足を置いていた場所にはぽっかりと穴が開いていた。
「殺す気か!」
「お、お前、なんにも分かってない! 私がどんな気持ちでここまで来てあげたか分かってないでしょ! お前が攻略してるところなんて、来たく、なかったのに……」
言って、ハクアは口を滑らした……と後悔する。これではまるで、自分が桂木桂馬を意識しているみたいではないか。そんなことはない、こんな屑男相手に限って、そんなことは。
「おい、ハクア、お前失礼なこと考えてるだろ」
「わ、私がお前に失礼なこと言ったことなんてないでしょ!」
「あるだろ!」
桂馬は足元の抉られた地面を指差して言った。
桂馬とハクアはバチバチと火花を散らして喧嘩していたが、やがて、最終的にハクアが折れた。そうだ、喧嘩している場合ではない……。
「……じゃ、なくて。どうなのよ、鳥羽瑠乃の攻略は」
「好調だよ。少なくとも、歩数は」
「ほすう?」
空き教室のベランダで会話をしている中で、ハクアは外側の格子に腰掛けた。
「進んでいるとしても、その方向が間違っていたら意味はなさない……」
桂馬はそうつぶやいた。その声は意外にも自信なさげな声色で、ハクアは少し不審に感じる。
「もしかして、自信がないの?」
「……そんなわけないだろ……」
「その三点リーダは何よ」
「やかましい」
自信が無い。
そんなことはない、そんなはずはない――そう思っているけれど。ただ、揺らいでいるのかもしれない……いや、ルートが途中で分岐していて、そこを行き違えてしまうのはむしろよくあることだ。それで「してやられた」と思うことは、珍しくない。
そうではないのだ。
何かもっと、心の中に得体の知れないモヤモヤがある。
「自信がないわけじゃない」
そうではないのだ。
何かもっと、心の中に―――
「不安なの?」
「……は?」
「じゃあ、不安なんじゃないの」
桂馬は目を見開いてハクアを見た。不安。真新しいこの感情は、それなのか?……いや、そうなのかもしれない。実際、その言葉を聞いて、心のどこかと何かが合致した印象があった。不安。よく聞く言葉だ。
……不安……。
「……そうかもしれない」
桂馬のその言葉を聞いて、ハクアはぎょっとした。不安? 桂木桂馬が不安になるの?
「ま、まさか」
「このままだと、取り返しのつかない事態になるような気がする」
「取り返しのつかない、って……なんで分かるのよ」
「神の勘だ」
まさに、今感じていることはそのとおりだった。嫌な予感がする……そうは思う。ただし、確証はない。夢の中で聞いたディアナのセリフがふと思い出されて、あの通りではないかと察する。
自分はこれまでの中で、「何か」を見逃している。どこかの何かが気にかかっている――不安要素となるべきものが、あったのかもしれない……桂馬はいままでの、瑠乃との会話を全て思い出す。
見落としているものがあるはずだ。
「ハクア!」
「な、なにっ!?」
「……ルートを変更する。瑠乃の家に行く! 連れてけ!」
何を突然、しかもそんな命令口調で! と反論しようとしたハクアは、結局その言葉を口に出せずに呑みこんだ。また、あの目だ。
しかもさっきより―――輝いている。
……こいつは。
ハクアはため息を吐いて、桂馬の制服の襟に鎌の先を引っ掛ける。そしてそのまま、空に向かって飛び出した。
……こいつは、やっかいだ。
そう思いながら、ハクアはちらりと桂馬を見つめる。
2
「鳥羽瑠乃の家、知ってるのね」
空を駆けながら、ハクアは桂馬にそう問う。
桂馬は念のため、エルシィに情報を集めさせていた。想定上では、瑠乃ルートで瑠乃の家に行く必要はないと見積もっていたのだが、何かこちらからアクションを起こしたい。
ここらで突撃してみるのも悪くないはずだ。
「男性恐怖症、だっけ? お前のことを怖がってはいないの?」
「みたいだ。そうじゃないと困る」
「な、なんでお前みたいなやつに気を許すのかしら! 意味わかんない!」
……失礼なことを言う奴だな。
そう思いながら、桂馬は思考を巡らせた。確かに、瑠乃は自分に心を許していた。それはきっと同じ穴のムジナだからで、自分はそこから瑠乃の内側に入っていけばいい……と思っていた。しかし、もしかしたらそれは違うのかもしれない。
もしかして。
瑠乃の心のスキマは、男性恐怖症とはかけ離れたところにあるのか?
だとすれば、なんだ?
なんにせよ、今のままではパーツが足りない。拾い集めるため、ハクアと共に瑠乃の家に急ぐ。
「あれね」
桂馬が指定した住所の上空に着くと、ハクアは瑠乃の家を見つけてゆっくりと着地しようとした。すると、桂馬は瑠乃の家の前に見覚えのある人物を発見する。
「天理」
桂馬はハクアに連れられて落下しながら、その人影に話しかける。そこにいたのは天理だった。
羽衣の見事な減速で着地すると、ハクアは天理のほうを伺うように見つめた。そして、そういえばエルシィがこの娘も今回の攻略に関係している……ということを言っていたのを思い出した。
「け、桂馬くん……」
一方の天理は、不安そうな表情で桂馬を見ている。そして、何から言い出せばいいのか……と悩んでもいるようだった。それを見ていた桂馬は嫌な予感がして、天理の肩を掴んで問いかける。
「何かあったのか!」
「え、と……」
すると、天理の頭上に光る輪が、二つの弧を描く形で顕現した。天理の内側の別人格である、ディアナだ。
いつも以上に不機嫌そうな表情をしている。
「私が簡潔に説明します」
「簡潔に説明しろ」
「桂木さん、お帰りください」
……なに、と桂馬は怪訝そうな表情をする。それは少し前にも言われたようなセリフだが、どういう意味だ。
と、強気に出ようとも思っていたが、実際はわずかに冷や汗をかいていた。自分の不安が、その原因となるものも分かっていないまま……実現してしまったのかもしれない。いや、きっとそうだろう。
これはそういう展開だ。
「……瑠乃がどうした。どうなった」
「ど、どうなった、って……ちょっと桂木、どういうこと?」
桂馬の言葉を聞いて、ハクアも横から口を出した。
「ディアナ、お前が簡潔に言うなら、ボクも簡潔に推測する。瑠乃はなにか『踏んだ』んだな? そして、精神状態が悪化した。そうだろ」
「……そうです」
認めたディアナの横で、ハクアは桂馬の肩を引っ張る。表情を見るだけで、ハクアが焦っているということが分かった。ディアナも淡々と答えてはいるが、飄々とした物言いではない。
桂馬は思考する。
「で、ディアナ、お前が言いたいことも代弁してやる」
桂馬は唇を尖らせながら言った。
「鳥羽瑠乃の攻略は失敗しました、お帰りください、だろ」
「な……」
驚きで声を無くしているのは、ハクアだ。
「ま、待って! お前、さっき攻略は70パーセントまで進んでるとか言ってたじゃない!」
「……だから、方向が間違ってなかったらって言ったろ」
「桂木さん、分かっていただけたなら」
ディアナはキツい目線で桂馬を見つめた。目線はキツいが、おそらく、天理にこの言葉を言わせたくないがために自分が言っているんだろう。
「これ以上、瑠乃さんを傷つけるのはやめてください」
「……ボクが原因なのか」
桂馬が退くつもりでいないのは目に見えていて、そう見えていることも桂馬はすぐに悟った。でも、止まれない。
「……瑠乃さんは、今、自室のベッドの上で寝込んでいます」
ディアナは視線で、瑠乃の家を指した。
「正しくは、布団の中で怯えています……何かに怖がるかのように」
「怖がる……?」
ハクアはその言葉に飛びついた。
「もしかして、男の人に何かされたとか……!」
「いえ、そうではなさそうです。原因は聞けていませんが、ともあれ……その怯えている中で、桂木さん。あなたを呼んでいるんですよ、瑠乃さんは」
……呼んでいる……?
瑠乃が、桂木桂馬を?
おかしい。
桂馬はその発想に至る。
「だったら、桂木が行ってその娘を慰めてあげるべきでしょ! 簡単な話じゃない!」
違う。
確かに、この前のゲームショップでのイベントあたりのくだりなら……それでエンディングへの道が開ける可能性もあった。だが、今は違う。重要なのはそこではない。
「原因はなんだ!」
突然声を張り上げた桂馬に、ハクアは驚いた。そして、私の話聞いてるの、と頭を叩く。
それでも、桂馬の視線は変わらなかった。まっすぐにディアナを見つめる。
ディアナの向こうの、瑠乃を、見つめる。
「ボクは男性恐怖症こそが、瑠乃の心のスキマそのものかと思っていた。でも、きっと、違う……瑠乃の見つめるべき場所はそこじゃない。本質は、そこじゃない。だからこそ、今の瑠乃は桂木桂馬を求めている―――そうだろ?瑠乃が戦っているのは男でも、男に勝てない自分でもない」
桂馬は何も見えない暗がりの中で、どうにかして手を伸ばそうとする。
「敵がいる」
「……敵?」
ハクアは、あっけにとられながら小さい声でそうつぶやいた。
桂馬も強く奥歯を噛み合わせて、絞りだすように言う。
「もう一人、いるはずだ。誰かが……どこかに……!」
「だ、誰かって、何言ってんの!」
「瑠乃の状態を遷移させた奴が、きっとどこかにいる。しかもぽっと出の奴じゃない……瑠乃の心をずっと占領してきた存在だ。そいつが鍵を握ってる」
どこからそんな根拠が、とハクアは桂馬に問おうとするが、いつも通りの偏屈で適当な当てにならない理論が帰ってくるのだろう……と察して、それをやめる。
何か知らないか?
桂馬がディアナを見つめながらそれを視線で伝えていると、先ほどとは逆に頭上の輪が消えた。ディアナの意識が埋没し、天理が体を取り戻す。
「知ってるんだな」
「……えと、鈴鹿音々さんって、知ってる?」
すずかねね。
天理の口から発せられたその言葉。すずかねね。その音を何度も再生し、頭の中の記憶と照らし合わせていく。聞き覚えは―――あった。
瑠乃とゲームを買った帰り、電車の列で会ったあの女だ。
「……天才ヴァイオリニストの」
「そ、そう。桂馬くんも知ってるんだ……」
思わず桂馬は頭を抱えた。なんてことだ、と思うが、この際どうしようもない。それを一つの事実として認め、抱え、頭のタブを切り替える。
鈴鹿音々。
「たぶん、だけど……鳥羽さんと鈴鹿さんが、喧嘩してたみたいだったよ」
「喧嘩? どんな」
「そ、そこまでは……」
喧嘩……瑠乃と話してみた印象では、瑠乃は誰にでも感情を表にするような人間には見えなかった。初めて桂馬と会った(ぶつかった)ときもそうだ。あのときも瑠乃は自分を律していた。
つまり、それほど瑠乃と親しい人間か。
或いは、怒らせるほどの事を言ったか。
または、その両方か。
「そいつが諸悪の根源だ」
「しょ、諸悪の根源って」
目つきを鋭くしている桂馬を、ハクアは危なっかしいものを見ているかのような目で見る。今の桂木桂馬は、少し危ないようにも見える……いつもと何かが違う。ハクアはそう感じていた。
「待ってよ、私もエルシィからその人の話はちょうど聞いてたけど、そんな人かどうか分かるの?」
「えっと……私も鈴鹿さん、悪い人じゃないと思う、よ」
天理も同じように思っているようだった。
「とにかく」
都合が悪くなりそうな予感を察したのか、桂馬はその話題を打ち止める。
「その鈴鹿音々って女は多分、瑠乃の旧友かなにかだ。会って、瑠乃のことについて聞くしかない。瑠乃の心のスキマがなんなのか、そいつに聞けば分かるはずだ。……いきなり聞いたりはできないかもしれないが、探る」
天理とハクアは、そんな桂馬を心配そうに見つめていた。考えにふける桂馬に声をかけたのは、ハクアだ。
「心のスキマ、ねぇ。私は大体想像ついたけど」
それを聞くと、桂馬はギロリとハクアを睨んだ。萎縮するハクアを気にもせず、桂馬はその意見を問いただす。
「どんなだ、言え」
ハクアは桂馬の態度には気に入っていなさそうな顔を見せるが、咳払いをした後に考えを告げた。
「え、と。その音々って娘は瑠乃って娘の幼なじみなんでしょ?」
「幼なじみ……そうだな」
それは、天理と瑠乃と音々の関係を並べてみると分かる。
「だったら、その二人の違いを見れば明らかじゃない。片方は天才ヴァイオリニストで、片方は普通の一般人、しかも男性恐怖症でしょ。もし瑠乃って娘がそれを気にしていたとしたら……そういう気持ちは、私にも分かるし……」
「…………」
ハクアの言いたいことは理解できる。
コンプレックス、劣等感。
でも……。
「それはないだろ。瑠乃は幸せそうにゲームしてた。今の自分には満足してるはずだ」
何とか手にした「星の瞳のジュリエット」をプレイしていたときの瑠乃の顔は澄んでいた。笑っていた。あいつにとってはゲームという世界がある……どうにもハクアが想定した展開はありえなさそうだ。
と、桂馬は思う。桂馬は。
「そんなのわかんないわよ、彼女が、現実から逃げてゲームしてる可能性だってあるんだから。だとすれば、ゲームなんてスキマを広げるだけよ」
「……なに?」
……その言葉は。
その言葉は、聞き逃せなかった。
「現実から逃げて、ゲームしてる? 誰が」
桂馬は濁ったような瞳でハクアに問いかけた。怒っているわけではないが、ハクアはプレッシャーに似たものを強く感じた。怖気づく。
「誰って、彼女が」
「そんなわけない!」
桂馬はつい声を荒立てた。
「ハクアは思ってるのか……瑠乃が、いや、ボクたちが、現実から逃げてゲームをやってるって、本気でそう思ってるのか?」
ハクアはすぐさま否定する。桂馬の瞳は本気で、危うかった。
「ま、待って! お前と鳥羽瑠乃は違うでしょ! そういう可能性だってあるわよ」
「……そんなことない。瑠乃が現実から逃げてゲームをするなんて、そんなこと、ない」
桂馬は唇をかみ締めてこう言った。
もちろん本気だ。
しかし、その態度を見てハクアは怒り返した。声を大きくして反論する。
「ちょっと、それって、お前のただの願望でしょ! 桂木は違ったって、彼女がそうだとは限らない!」
天理も賛同しているようだった。
「……いつもの桂馬くんなら、そう言うよ」
「違う!」
違う。
違う違う違う。
「お前たちは分かってない、ゲームは逃げ場所としてあるのじゃなく、世界の中にある一つの可能性だ! お前たちと瑠乃は遠い、だが、ボクと瑠乃は近い! だから分かる……瑠乃は、違う」
「違うのはお前よ、分かってない!」
「違う!」
桂馬は眉をひそめた。口を強く結び、決意したかのような表情でハクアに面と向かった。
瑠乃は、よっきゅんを知っていた。杉本四葉の良さを知っていた。自分が苦渋の選択で手放したゲームソフトを大切にしていた。どこでゲームをしていても、会話しなくても何も言ってこなかった。桂木桂馬という人間を非難しなかった。
瑠乃にとって、桂木桂馬は現実で会った初めて「自分の趣味」を理解してくれる人間だったかもしれない。男性恐怖症すら乗り越えられるほどの。
でも。
それは。
きっと、桂木桂馬にとっても同じだったのだ。
彼女は自分に近さを感じていた。実際は「落とし神」としての自分が彼女に影響を与えているのだから当然かもしれない。でも瑠乃はそれを知らず、つまり、桂木桂馬は桂木桂馬だ。
それと同じように、鳥羽瑠乃も鳥羽瑠乃なのである。
彼女は自分と近しかった。確かに瑠乃はゲームもヘタクソだし、攻略にもセンスが見えない。新作のチェックも怠るし、限定版しか買わない。
ども。
それでも。
彼女は自分と近しかったのだ。
だから―――
「瑠乃は……ゲームに逃げてなんか……いない……!」
と、ボクは信じてる。
その言葉は言えなかった。
信じるもなにもない―――それは事実なのだから。
事実なのだ。
(と、ボクは信じてる)
「それは、桂木の自己投影でしょ! そんなの桂木らしくない!」
ハクアはそう言った。
桂馬はハクアをきつく睨むが、ハクアも動じない。彼女もここで引くわけにはいかなかった。今は彼のバディーなのだから、止めなければいけない。
彼は間違っているから。
違う……。
落とし神宛てに来ていたメールから逆算するに、鳥羽瑠乃はもうかなり長い間落とし神の信者だった。確かに盲目になることはあったかもしれない。ただ、神を崇拝し、崇め、いつも思いを持っていた。それはメールを読めば分かる。会って話せば、分かる。
「知ってる? 落とし神さま――」
瑠乃は得意気にそう言っていた。
彼女は信者だ。
そして自分は、神だ。
自己投影じゃない。
事実だ。
願望推測ではない。
真実だ。
瑠乃は自分と近く、僅かでも通じあっていた。栞とも青羽とも違う、初めての人間だった。
もし、もし瑠乃が現実から逃げてゲームをしていたとすれば。
ボクは、どうしたらいい……。
「違う……」
桂馬らしくない、崩れた表情で強く、搾り出すような否定がそこにはあった。
そして、何も言わずに立ち尽くす。桂馬は思考をめぐらせてはいるが、なぜか何処にも行き着かない。このままじゃまるで自分が追い詰められているみたいじゃないかとは思うが、何を言ったらいいか分からない。理屈を立てろ。言いくるめろ。
そう思えば思うほど、何かが崩れていくような気がしていた。
「ちょっと桂木、聞いてる―――」
それでも問いただそうとするハクアを止めたのは、天理だ。
「は、ハクアさん、待って」
……初めて名前を呼ばれたような。と思いながら、ハクアは桂馬に向けていた手を降ろす。
「……桂木さん」
そのまま、天理は再びディアナにトランスした。
「旧悪魔に関しては私の口出すところではありませんから、最後にひとつだけ言わせてください。あなた風の言葉で言います」
桂馬は小さく体を揺らした。
聞き覚えがあった。
やめろ。
「ベストエンドを、迎えられますか……?」
「―――――――!」
夢で聞いたその言葉。
それが、桂馬の胸に突き刺さる。
幾つも、何本も。何時までも。
「違う」
結局、桂馬は二度目のこの言葉しか言わなかった。
「瑠乃は、ゲームに逃げてなんか……いない」
桂馬は否定した―――やけくそでも、願望の現われでもない、ただ、そうあるであろう事実を固持した。
そういうモノローグが、桂馬の中には流れていた。
ハクアはちらりと桂馬を見つめて、思う。
……こいつは、やっかいだ。
…………。
お前いま、失礼なこと考えてるだろ。
―――つづく
「ちょっと待て、お前の力を借りたい」
怒って飛び去ろうとしたハクアを桂馬は呼び止めた。何を今更、とハクアは怒り返そうとするが、桂馬の顔を見てそれをやめる。
桂馬の顔は真剣そのものだった。視線はゲーム画面に向いてはいるものの、その表情は一片の曇りもなかった。自分が始めて桂木桂馬と会ったとき、鋭い洞察力を見せたあの目と同じ。ハクアは横目でその表情をちらちらと見つつ、改めて桂馬に問いかける。
「ま、まあ、手伝ってやらないこともないけど」
ハクアは恥ずかしそうにしながらも、桂馬に向かってそう話しかける。桂馬はそんなハクアには目も向けないが、慣れてきたのかハクアもそれに関して突っ込みはしない。
「……で、どうすんのよ。鳥羽瑠乃だっけ? その娘を攻略するんでしょ」
「そうだな」
桂馬は無愛想な顔でそう答えた。お相手してやるわよ、といった様子でハクアも声のトーンを下げて応答する。
「お前が力を借りたい……なんて言うなんて、よっぽど苦労してるのね」
「そうでもないぞ」
……そうでもないの?
ハクアは桂馬の顔を覗きこんだ。嘘をついている様子……では、なさそうだ。
「私も忙しくないから、順調に進んでるなら帰りたいんだけど!」
本心かどうかはさておき、ハクアはそう毒舌を吐いた。吐いて、後悔して、でも撤回できるはずもなくて……結局顔色を伺うはめになる。この一連の流れこそ、もう、慣れた。やめたい。
「順調に進んでるよ」
順調に進んでる。その言葉を聞いて、ハクアは胸の内が濁りだすのを実感する。
「順調って、どこまで」
「70パーセントくらい」
「そんな言い方されても分からないわよ!」
桂馬は隣で怒鳴るハクアに眉をひそめるが、強く言い返さずに、じっくり、分かりやすく説明してあげることにした。落とし神は親切なのだ。
「お前、今何か失礼なこと考えてるでしょ」
「ボクがお前に失礼なこと言ったことがあったか」
「あるわよ!」
ハクアは鎌の枝を桂馬の脳天めがけて振り下ろした。うお、あぶね、と桂馬は間髪でそれを避けるが、さっきまで桂馬が左足を置いていた場所にはぽっかりと穴が開いていた。
「殺す気か!」
「お、お前、なんにも分かってない! 私がどんな気持ちでここまで来てあげたか分かってないでしょ! お前が攻略してるところなんて、来たく、なかったのに……」
言って、ハクアは口を滑らした……と後悔する。これではまるで、自分が桂木桂馬を意識しているみたいではないか。そんなことはない、こんな屑男相手に限って、そんなことは。
「おい、ハクア、お前失礼なこと考えてるだろ」
「わ、私がお前に失礼なこと言ったことなんてないでしょ!」
「あるだろ!」
桂馬は足元の抉られた地面を指差して言った。
桂馬とハクアはバチバチと火花を散らして喧嘩していたが、やがて、最終的にハクアが折れた。そうだ、喧嘩している場合ではない……。
「……じゃ、なくて。どうなのよ、鳥羽瑠乃の攻略は」
「好調だよ。少なくとも、歩数は」
「ほすう?」
空き教室のベランダで会話をしている中で、ハクアは外側の格子に腰掛けた。
「進んでいるとしても、その方向が間違っていたら意味はなさない……」
桂馬はそうつぶやいた。その声は意外にも自信なさげな声色で、ハクアは少し不審に感じる。
「もしかして、自信がないの?」
「……そんなわけないだろ……」
「その三点リーダは何よ」
「やかましい」
自信が無い。
そんなことはない、そんなはずはない――そう思っているけれど。ただ、揺らいでいるのかもしれない……いや、ルートが途中で分岐していて、そこを行き違えてしまうのはむしろよくあることだ。それで「してやられた」と思うことは、珍しくない。
そうではないのだ。
何かもっと、心の中に得体の知れないモヤモヤがある。
「自信がないわけじゃない」
そうではないのだ。
何かもっと、心の中に―――
「不安なの?」
「……は?」
「じゃあ、不安なんじゃないの」
桂馬は目を見開いてハクアを見た。不安。真新しいこの感情は、それなのか?……いや、そうなのかもしれない。実際、その言葉を聞いて、心のどこかと何かが合致した印象があった。不安。よく聞く言葉だ。
……不安……。
「……そうかもしれない」
桂馬のその言葉を聞いて、ハクアはぎょっとした。不安? 桂木桂馬が不安になるの?
「ま、まさか」
「このままだと、取り返しのつかない事態になるような気がする」
「取り返しのつかない、って……なんで分かるのよ」
「神の勘だ」
まさに、今感じていることはそのとおりだった。嫌な予感がする……そうは思う。ただし、確証はない。夢の中で聞いたディアナのセリフがふと思い出されて、あの通りではないかと察する。
自分はこれまでの中で、「何か」を見逃している。どこかの何かが気にかかっている――不安要素となるべきものが、あったのかもしれない……桂馬はいままでの、瑠乃との会話を全て思い出す。
見落としているものがあるはずだ。
「ハクア!」
「な、なにっ!?」
「……ルートを変更する。瑠乃の家に行く! 連れてけ!」
何を突然、しかもそんな命令口調で! と反論しようとしたハクアは、結局その言葉を口に出せずに呑みこんだ。また、あの目だ。
しかもさっきより―――輝いている。
……こいつは。
ハクアはため息を吐いて、桂馬の制服の襟に鎌の先を引っ掛ける。そしてそのまま、空に向かって飛び出した。
……こいつは、やっかいだ。
そう思いながら、ハクアはちらりと桂馬を見つめる。
2
「鳥羽瑠乃の家、知ってるのね」
空を駆けながら、ハクアは桂馬にそう問う。
桂馬は念のため、エルシィに情報を集めさせていた。想定上では、瑠乃ルートで瑠乃の家に行く必要はないと見積もっていたのだが、何かこちらからアクションを起こしたい。
ここらで突撃してみるのも悪くないはずだ。
「男性恐怖症、だっけ? お前のことを怖がってはいないの?」
「みたいだ。そうじゃないと困る」
「な、なんでお前みたいなやつに気を許すのかしら! 意味わかんない!」
……失礼なことを言う奴だな。
そう思いながら、桂馬は思考を巡らせた。確かに、瑠乃は自分に心を許していた。それはきっと同じ穴のムジナだからで、自分はそこから瑠乃の内側に入っていけばいい……と思っていた。しかし、もしかしたらそれは違うのかもしれない。
もしかして。
瑠乃の心のスキマは、男性恐怖症とはかけ離れたところにあるのか?
だとすれば、なんだ?
なんにせよ、今のままではパーツが足りない。拾い集めるため、ハクアと共に瑠乃の家に急ぐ。
「あれね」
桂馬が指定した住所の上空に着くと、ハクアは瑠乃の家を見つけてゆっくりと着地しようとした。すると、桂馬は瑠乃の家の前に見覚えのある人物を発見する。
「天理」
桂馬はハクアに連れられて落下しながら、その人影に話しかける。そこにいたのは天理だった。
羽衣の見事な減速で着地すると、ハクアは天理のほうを伺うように見つめた。そして、そういえばエルシィがこの娘も今回の攻略に関係している……ということを言っていたのを思い出した。
「け、桂馬くん……」
一方の天理は、不安そうな表情で桂馬を見ている。そして、何から言い出せばいいのか……と悩んでもいるようだった。それを見ていた桂馬は嫌な予感がして、天理の肩を掴んで問いかける。
「何かあったのか!」
「え、と……」
すると、天理の頭上に光る輪が、二つの弧を描く形で顕現した。天理の内側の別人格である、ディアナだ。
いつも以上に不機嫌そうな表情をしている。
「私が簡潔に説明します」
「簡潔に説明しろ」
「桂木さん、お帰りください」
……なに、と桂馬は怪訝そうな表情をする。それは少し前にも言われたようなセリフだが、どういう意味だ。
と、強気に出ようとも思っていたが、実際はわずかに冷や汗をかいていた。自分の不安が、その原因となるものも分かっていないまま……実現してしまったのかもしれない。いや、きっとそうだろう。
これはそういう展開だ。
「……瑠乃がどうした。どうなった」
「ど、どうなった、って……ちょっと桂木、どういうこと?」
桂馬の言葉を聞いて、ハクアも横から口を出した。
「ディアナ、お前が簡潔に言うなら、ボクも簡潔に推測する。瑠乃はなにか『踏んだ』んだな? そして、精神状態が悪化した。そうだろ」
「……そうです」
認めたディアナの横で、ハクアは桂馬の肩を引っ張る。表情を見るだけで、ハクアが焦っているということが分かった。ディアナも淡々と答えてはいるが、飄々とした物言いではない。
桂馬は思考する。
「で、ディアナ、お前が言いたいことも代弁してやる」
桂馬は唇を尖らせながら言った。
「鳥羽瑠乃の攻略は失敗しました、お帰りください、だろ」
「な……」
驚きで声を無くしているのは、ハクアだ。
「ま、待って! お前、さっき攻略は70パーセントまで進んでるとか言ってたじゃない!」
「……だから、方向が間違ってなかったらって言ったろ」
「桂木さん、分かっていただけたなら」
ディアナはキツい目線で桂馬を見つめた。目線はキツいが、おそらく、天理にこの言葉を言わせたくないがために自分が言っているんだろう。
「これ以上、瑠乃さんを傷つけるのはやめてください」
「……ボクが原因なのか」
桂馬が退くつもりでいないのは目に見えていて、そう見えていることも桂馬はすぐに悟った。でも、止まれない。
「……瑠乃さんは、今、自室のベッドの上で寝込んでいます」
ディアナは視線で、瑠乃の家を指した。
「正しくは、布団の中で怯えています……何かに怖がるかのように」
「怖がる……?」
ハクアはその言葉に飛びついた。
「もしかして、男の人に何かされたとか……!」
「いえ、そうではなさそうです。原因は聞けていませんが、ともあれ……その怯えている中で、桂木さん。あなたを呼んでいるんですよ、瑠乃さんは」
……呼んでいる……?
瑠乃が、桂木桂馬を?
おかしい。
桂馬はその発想に至る。
「だったら、桂木が行ってその娘を慰めてあげるべきでしょ! 簡単な話じゃない!」
違う。
確かに、この前のゲームショップでのイベントあたりのくだりなら……それでエンディングへの道が開ける可能性もあった。だが、今は違う。重要なのはそこではない。
「原因はなんだ!」
突然声を張り上げた桂馬に、ハクアは驚いた。そして、私の話聞いてるの、と頭を叩く。
それでも、桂馬の視線は変わらなかった。まっすぐにディアナを見つめる。
ディアナの向こうの、瑠乃を、見つめる。
「ボクは男性恐怖症こそが、瑠乃の心のスキマそのものかと思っていた。でも、きっと、違う……瑠乃の見つめるべき場所はそこじゃない。本質は、そこじゃない。だからこそ、今の瑠乃は桂木桂馬を求めている―――そうだろ?瑠乃が戦っているのは男でも、男に勝てない自分でもない」
桂馬は何も見えない暗がりの中で、どうにかして手を伸ばそうとする。
「敵がいる」
「……敵?」
ハクアは、あっけにとられながら小さい声でそうつぶやいた。
桂馬も強く奥歯を噛み合わせて、絞りだすように言う。
「もう一人、いるはずだ。誰かが……どこかに……!」
「だ、誰かって、何言ってんの!」
「瑠乃の状態を遷移させた奴が、きっとどこかにいる。しかもぽっと出の奴じゃない……瑠乃の心をずっと占領してきた存在だ。そいつが鍵を握ってる」
どこからそんな根拠が、とハクアは桂馬に問おうとするが、いつも通りの偏屈で適当な当てにならない理論が帰ってくるのだろう……と察して、それをやめる。
何か知らないか?
桂馬がディアナを見つめながらそれを視線で伝えていると、先ほどとは逆に頭上の輪が消えた。ディアナの意識が埋没し、天理が体を取り戻す。
「知ってるんだな」
「……えと、鈴鹿音々さんって、知ってる?」
すずかねね。
天理の口から発せられたその言葉。すずかねね。その音を何度も再生し、頭の中の記憶と照らし合わせていく。聞き覚えは―――あった。
瑠乃とゲームを買った帰り、電車の列で会ったあの女だ。
「……天才ヴァイオリニストの」
「そ、そう。桂馬くんも知ってるんだ……」
思わず桂馬は頭を抱えた。なんてことだ、と思うが、この際どうしようもない。それを一つの事実として認め、抱え、頭のタブを切り替える。
鈴鹿音々。
「たぶん、だけど……鳥羽さんと鈴鹿さんが、喧嘩してたみたいだったよ」
「喧嘩? どんな」
「そ、そこまでは……」
喧嘩……瑠乃と話してみた印象では、瑠乃は誰にでも感情を表にするような人間には見えなかった。初めて桂馬と会った(ぶつかった)ときもそうだ。あのときも瑠乃は自分を律していた。
つまり、それほど瑠乃と親しい人間か。
或いは、怒らせるほどの事を言ったか。
または、その両方か。
「そいつが諸悪の根源だ」
「しょ、諸悪の根源って」
目つきを鋭くしている桂馬を、ハクアは危なっかしいものを見ているかのような目で見る。今の桂木桂馬は、少し危ないようにも見える……いつもと何かが違う。ハクアはそう感じていた。
「待ってよ、私もエルシィからその人の話はちょうど聞いてたけど、そんな人かどうか分かるの?」
「えっと……私も鈴鹿さん、悪い人じゃないと思う、よ」
天理も同じように思っているようだった。
「とにかく」
都合が悪くなりそうな予感を察したのか、桂馬はその話題を打ち止める。
「その鈴鹿音々って女は多分、瑠乃の旧友かなにかだ。会って、瑠乃のことについて聞くしかない。瑠乃の心のスキマがなんなのか、そいつに聞けば分かるはずだ。……いきなり聞いたりはできないかもしれないが、探る」
天理とハクアは、そんな桂馬を心配そうに見つめていた。考えにふける桂馬に声をかけたのは、ハクアだ。
「心のスキマ、ねぇ。私は大体想像ついたけど」
それを聞くと、桂馬はギロリとハクアを睨んだ。萎縮するハクアを気にもせず、桂馬はその意見を問いただす。
「どんなだ、言え」
ハクアは桂馬の態度には気に入っていなさそうな顔を見せるが、咳払いをした後に考えを告げた。
「え、と。その音々って娘は瑠乃って娘の幼なじみなんでしょ?」
「幼なじみ……そうだな」
それは、天理と瑠乃と音々の関係を並べてみると分かる。
「だったら、その二人の違いを見れば明らかじゃない。片方は天才ヴァイオリニストで、片方は普通の一般人、しかも男性恐怖症でしょ。もし瑠乃って娘がそれを気にしていたとしたら……そういう気持ちは、私にも分かるし……」
「…………」
ハクアの言いたいことは理解できる。
コンプレックス、劣等感。
でも……。
「それはないだろ。瑠乃は幸せそうにゲームしてた。今の自分には満足してるはずだ」
何とか手にした「星の瞳のジュリエット」をプレイしていたときの瑠乃の顔は澄んでいた。笑っていた。あいつにとってはゲームという世界がある……どうにもハクアが想定した展開はありえなさそうだ。
と、桂馬は思う。桂馬は。
「そんなのわかんないわよ、彼女が、現実から逃げてゲームしてる可能性だってあるんだから。だとすれば、ゲームなんてスキマを広げるだけよ」
「……なに?」
……その言葉は。
その言葉は、聞き逃せなかった。
「現実から逃げて、ゲームしてる? 誰が」
桂馬は濁ったような瞳でハクアに問いかけた。怒っているわけではないが、ハクアはプレッシャーに似たものを強く感じた。怖気づく。
「誰って、彼女が」
「そんなわけない!」
桂馬はつい声を荒立てた。
「ハクアは思ってるのか……瑠乃が、いや、ボクたちが、現実から逃げてゲームをやってるって、本気でそう思ってるのか?」
ハクアはすぐさま否定する。桂馬の瞳は本気で、危うかった。
「ま、待って! お前と鳥羽瑠乃は違うでしょ! そういう可能性だってあるわよ」
「……そんなことない。瑠乃が現実から逃げてゲームをするなんて、そんなこと、ない」
桂馬は唇をかみ締めてこう言った。
もちろん本気だ。
しかし、その態度を見てハクアは怒り返した。声を大きくして反論する。
「ちょっと、それって、お前のただの願望でしょ! 桂木は違ったって、彼女がそうだとは限らない!」
天理も賛同しているようだった。
「……いつもの桂馬くんなら、そう言うよ」
「違う!」
違う。
違う違う違う。
「お前たちは分かってない、ゲームは逃げ場所としてあるのじゃなく、世界の中にある一つの可能性だ! お前たちと瑠乃は遠い、だが、ボクと瑠乃は近い! だから分かる……瑠乃は、違う」
「違うのはお前よ、分かってない!」
「違う!」
桂馬は眉をひそめた。口を強く結び、決意したかのような表情でハクアに面と向かった。
瑠乃は、よっきゅんを知っていた。杉本四葉の良さを知っていた。自分が苦渋の選択で手放したゲームソフトを大切にしていた。どこでゲームをしていても、会話しなくても何も言ってこなかった。桂木桂馬という人間を非難しなかった。
瑠乃にとって、桂木桂馬は現実で会った初めて「自分の趣味」を理解してくれる人間だったかもしれない。男性恐怖症すら乗り越えられるほどの。
でも。
それは。
きっと、桂木桂馬にとっても同じだったのだ。
彼女は自分に近さを感じていた。実際は「落とし神」としての自分が彼女に影響を与えているのだから当然かもしれない。でも瑠乃はそれを知らず、つまり、桂木桂馬は桂木桂馬だ。
それと同じように、鳥羽瑠乃も鳥羽瑠乃なのである。
彼女は自分と近しかった。確かに瑠乃はゲームもヘタクソだし、攻略にもセンスが見えない。新作のチェックも怠るし、限定版しか買わない。
ども。
それでも。
彼女は自分と近しかったのだ。
だから―――
「瑠乃は……ゲームに逃げてなんか……いない……!」
と、ボクは信じてる。
その言葉は言えなかった。
信じるもなにもない―――それは事実なのだから。
事実なのだ。
(と、ボクは信じてる)
「それは、桂木の自己投影でしょ! そんなの桂木らしくない!」
ハクアはそう言った。
桂馬はハクアをきつく睨むが、ハクアも動じない。彼女もここで引くわけにはいかなかった。今は彼のバディーなのだから、止めなければいけない。
彼は間違っているから。
違う……。
落とし神宛てに来ていたメールから逆算するに、鳥羽瑠乃はもうかなり長い間落とし神の信者だった。確かに盲目になることはあったかもしれない。ただ、神を崇拝し、崇め、いつも思いを持っていた。それはメールを読めば分かる。会って話せば、分かる。
「知ってる? 落とし神さま――」
瑠乃は得意気にそう言っていた。
彼女は信者だ。
そして自分は、神だ。
自己投影じゃない。
事実だ。
願望推測ではない。
真実だ。
瑠乃は自分と近く、僅かでも通じあっていた。栞とも青羽とも違う、初めての人間だった。
もし、もし瑠乃が現実から逃げてゲームをしていたとすれば。
ボクは、どうしたらいい……。
「違う……」
桂馬らしくない、崩れた表情で強く、搾り出すような否定がそこにはあった。
そして、何も言わずに立ち尽くす。桂馬は思考をめぐらせてはいるが、なぜか何処にも行き着かない。このままじゃまるで自分が追い詰められているみたいじゃないかとは思うが、何を言ったらいいか分からない。理屈を立てろ。言いくるめろ。
そう思えば思うほど、何かが崩れていくような気がしていた。
「ちょっと桂木、聞いてる―――」
それでも問いただそうとするハクアを止めたのは、天理だ。
「は、ハクアさん、待って」
……初めて名前を呼ばれたような。と思いながら、ハクアは桂馬に向けていた手を降ろす。
「……桂木さん」
そのまま、天理は再びディアナにトランスした。
「旧悪魔に関しては私の口出すところではありませんから、最後にひとつだけ言わせてください。あなた風の言葉で言います」
桂馬は小さく体を揺らした。
聞き覚えがあった。
やめろ。
「ベストエンドを、迎えられますか……?」
「―――――――!」
夢で聞いたその言葉。
それが、桂馬の胸に突き刺さる。
幾つも、何本も。何時までも。
「違う」
結局、桂馬は二度目のこの言葉しか言わなかった。
「瑠乃は、ゲームに逃げてなんか……いない」
桂馬は否定した―――やけくそでも、願望の現われでもない、ただ、そうあるであろう事実を固持した。
そういうモノローグが、桂馬の中には流れていた。
ハクアはちらりと桂馬を見つめて、思う。
……こいつは、やっかいだ。
…………。
お前いま、失礼なこと考えてるだろ。
―――つづく
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